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「この詐欺師め!」
応接間に入って、開口一番に浴びせられたのがこの罵倒だった。
応接間のローテーブルを叩いて憤っているのは額がずいぶんと広い、でっぷりとした脂ぎった中年男性。
彼こそ前ベルトゥリー女伯爵の婿であるデーニッツ。
彼の隣に座っている目が痛いくらいの真っ赤で派手なドレスを着た厚化粧の中年女性の視線も冷え冷えとし、派手な衣装と宝石でギラギラと飾り立てている中年女性とよく似た顔の青少年も殺意のこもった視線でレオニスを睨みつけている。
この二人がデーニッツの愛人であるロザリーとその息子のマリオンだ。
彼らの憤りを受けて、だがレオニスは余裕たっぷりに笑ってみせる。
「これはこれは、詐欺師とは穏やかではないな。いったい何事かな、デーニッツ氏」
レオニスは上座に座り、ゆったりと長い足を組む。
その様子は彼らからすれば鼻持ちならない若造に見えたことだろう。
デーニッツは憤りのまま、またローテーブルを叩いて唾を飛ばす。
「白々しい! 貴様、どういうことだ! ベルトゥリー伯爵の座をどう掠め取った!?」
そこに今更気付くなんて、あまりに遅い。
そういう者達だとわかってはいたが、本当に仕事をせずに放蕩三昧で上澄みのみ啜っていたのだな、と改めて思う。
「掠め取ったなど人聞きの悪い。俺は正規の手続きによってエナの婿となり、伯爵代理の座を受け取ったまで」
「ベルトゥリー伯爵はワシだ!」
「おや、おかしいな。デーニッツ氏はテイルロード子爵家からベルトゥリー伯爵家に婿入りしただけで、ベルトゥリー伯爵の継承権はないだろうに」
「なんだと……!?」
「法律で継承権があるのはその血を継ぐ者だけと明確に定められている。貴族としての基本常識だが、知らなかったのかな? 先代ベルトゥリー女伯爵が亡くなって、その伯爵の座を受け取れるのは彼女の実子であるエナだけ。デーニッツ氏は今までその後見人として財産管理を任されていただけに過ぎない。そしてエナの結婚と同時にその後見人の座は俺に引き継がれた。ここまで言えばさすがにおわかりかな?」
「何を言っている……! あれは貴様に嫁にくれてやっただけだ! 婿取りなんか許可していない!」
「しているさ。あんたは自らその手でその座を明け渡すサインをした」
そうしてレオニスは彼の前に一枚の書類を出す。
当時のエナと結婚を結ぶ折にデーニッツと交わした契約書の写しだ。
彼らはそれをひったくるようにして取り上げると、目を皿のようにして書類を読み込んだ。
「金に目をくらませてサインをする前に今のようによく読んでおくべきだったな」
書面にはエナの後見人の座をレオニスに譲り、ベルトゥリー伯爵家の財産や領地に関わるすべてのことをレオニスに一任すること。
そしてデーニッツのベルトゥリー伯爵家からの除籍が明記されている。
当然、デーニッツの愛人であるロザリーとその息子のマリオンには最初から何の権利もない。
そもデーニッツは不精してロザリーとマリオンを後妻と養子に迎える手続きを怠っていたのだ。
こちらに関してはレオニスは最初から何も手を出していない。
「き、貴様……っ! よくも……っ!」
契約書の写しを破り捨て、デーニッツが怒りで身を震わせる。
目を真っ赤にして殺気のこもった視線を向けるデーニッツに、レオニスは肩をすくめて応える。
「俺としては感謝していただきたいがね。財産として借金という負債も引き受けた上に、ベルトゥリー伯爵邸を譲り渡した。慎ましやかに暮らせば一年は家族三人暮らしていける支度金まで積んでやった。破格の条件だろう。一人娘を貰い受ける誠意は見せたぞ」
「何が誠意だ! 騙し討ちのような真似をして!」
父親と同じようにマリオンがローテーブルを叩いて憤る。
エナと違って高等学院に通っているというが、何も学んでいないのだろうか。
入学には試験が必要なはずだが、おそらく多額の寄付金を積んで裏口から入ったのだろう。
高等学院というのもこれでは高が知れているな、とレオニスはひっそりと笑う。
「俺はサインの折に何度も確認させてもらったが? 『よく書面をお読みください』『本当にこれでよろしいですか』とな。それで良しとサインをしたのはそちらだ」
「こ、こんなのは無効よ! 無効、無効だわ! あの子を連れて帰ります! あなたみたいな男にエナを嫁にやれないわ!」
「そ、そうだ! お前みたいな詐欺師にエナをやるものか!」
ロザリーがヒステリックに叫び、デーニッツが便乗して怒鳴りつける。
悪あがきに大声を上げ続ける三人にレオニスはやれやれとため息をつく。
正論をぶつけたところで追い返せるとは最初から思っていなかった。
さて、そろそろ貴族への侮辱罪で官憲を呼び、牢にぶち込んでやろうかと思案していると、
「エナ!」
ふとマリオンの声にハッとする。
振り返れば応接室の扉の隙間からエナが様子を窺っていた。




