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「レオニス様」
ルルの家を訪れれば、ルルのそばに彼はやはりいた。
ルルは青白い顔を苦しげに歪めて、短く呼吸を繰り返している。
彼女に意識はないのだろう。
彼女の額に流れる汗を拭い、レオニスは冷たい水桶にそのタオルを浸して固く絞っていた。
その指先が凍えるように色が悪くなっている。
おそらく何時間も同じことを繰り返していたのだろう。
彼の横顔にはほんのりと疲労の色が見える。
無理もない。彼は商会と領主の仕事の合間はすべてルルのために費やしている。
それこそベルトゥリー伯爵邸にも戻らず、寝る間も惜しんで。
少し前に自分が川に流されて高熱を出した時も似たような感じだった、とはベルトゥリー伯爵邸の使用人の言だ。
こんなに立て続けに我が身を犠牲に誰かを看病していれば、レオニスの方こそ倒れてしまうのではないだろうか。
「……気にするな、季節の変わり目にはよくあるんだ。気温差に体がついていかず、こうやって熱を出すのは」
エナが何かを言う前にレオニスがそう告げる。
「それでもルルにとっては毎回が命懸けだ。だからできる限りついていてやりたい。少し目を離した時に取りこぼしていた、なんてそれこそやりきれない」
言い訳をするようにそう告げるレオニスにエナはそれ以上何も言えない。
結局、エナは彼を止めることもできずに、だからといって去ることもできずに、勝手に椅子を持ってきて彼の隣にそっと座った。
レオニスが横目で怪訝そうにエナを見る。
その目を見返して、それからエナは苦しそうにしているルルを見る。
「ルルちゃん、絶対ピクニック行きたいって言ってました」
レオニスはその言葉に何も答えず、ルルの看病を続ける。
「また今度、連れてってもらえるかなって気にしてました」
「……そうか」
エナの言葉にレオニスはそう返す。
どこか他人事のようなレオニスに、エナは軽く眉を寄せて疲れ切ったその頬を人差し指で突いた。
ぐり、と無遠慮に突き刺され、レオニスはエナに何をすると睨みつける。
「ピクニック、行くんですよ、みんなで」
自分を睨みつけるレオニスを真っ向から睨み返して、エナが言う。
「連れていくレオニス様が元気でいてくれなきゃ、誰がルルちゃんをピクニックに連れて行くんですか」
そう言われてレオニスは反論ができなかった。
エナは続けてこう言う。
「ムーンランド子爵にお願いして、領主としてのお仕事はしばらくお休みいただくことにしました。その時間を休息に当ててください」
「いや、だが」
「代わりにその時間は私がムーンランド子爵にビシバシ鍛えていただくことになりましたので。元は私のお仕事のはずですもんねえ……夢のニート生活が気がついたら仕事で溢れかえってますよ、なぜだ……」
心の声をそのままダダ漏れに呟くエナにレオニスは顔をしかめる。
「できるのか、君に」
「どうですかね。でもなんとかなるんじゃないですかね。ベルトゥリー伯爵領の領主のお仕事は少なくとも、今までムーンランド子爵が支えてきたものでした。今動いている薬草事業に付随した染色工房の話は私が教えた絞り染めが発端なわけで」
とても楽観的なセリフだ。
思わず眉間に深いシワが寄るが、エナも負けじと呆れたようにレオニスを睨みつけてきた。
「レオニス様、少し色々とひとりで抱えこみすぎなんですよ。少しくらい休んでも罰当たりませんって。大体こういうお仕事ってねえ、なんだかんだ代えが利くものなんですよ。もっと人、頼りましょ。ルルちゃんだって自分のことでお父さんが倒れたら悲しくなっちゃうでしょ。自責の念、植え付けたいですか」
「……… ……………」
ルルのことを言われると弱かった。
レオニスは軽く手を組み、深くため息をつく。
「……君は俺の弱点をつくのが上手くなった」
「そっちが勝手に曝けてくれたもので」
どことなく観念したような、思わず身の内をこぼすように告げるレオニスに、エナはいつものあっけらかんとした調子で答える。
その言葉にレオニスはさらにこうこぼした。
「…………君が俺の妻であることを、とても幸運に思うよ」
「うぇっ?」
思いがけない告白が飛び出したことにエナが奇妙な声を上げる。
驚きに振り返ったエナに、レオニスはそれ以上何も答えることなくルルの横顔だけを見つめて看病を続けていた。




