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 鐘の音が響く。

 澄み切った青空の下で響くそれはどこか物悲しい。

 頬を撫でる真冬の風も染み入るように冷たかった。


 目の前の墓石を見つめたエナが小さく身を震わせる。

 泣くのを堪えるように俯いた彼女の横顔をそっと眺めたレオニスは改めて目の前の墓石を見つめた。


 墓石に刻まれた名前はベルトゥリー伯爵邸の警備を担当していたあの警備員だ。


 レオニスが撃たれたあの日に同じくギルバートに撃たれた彼は額を撃ち抜かれて即死だった。

 当然だ。レオニスとて彼の主人(バルミューダ)が執着していなければギルバートに殺されていただろう。


 それだけギルバートは銃の扱いに長けた優秀な軍人だった。

 そのギルバートは逃亡の末、バルミューダを残した部屋に戻ってきたところをマリアナとその私兵が捕えた。


 バルミューダがいるはずの部屋に堂々と居座るマリアナを見て、彼はすべてを悟り大人しく縄についた。


『バルミューダお嬢様は彼の者が手に入らなければ死んだ方がマシと仰いました。故に私はバルミューダお嬢様の願いを叶えるべく、動いたまでです』


 ギルバードは尋問するマリアナへ薄く微笑んでそう告げたという。


 確かにバルミューダはそう言ってもおかしくはない。

 けれども彼女のそれは本当にそういう覚悟があるのではない。単なる子供の癇癪だ。


 ギルバードはそうとわかっていてなお、彼女を地獄へと導いた。

 そこに悪意はない。彼にとって善意であり、忠義故にだ。


『結局のところ、あの男はバルミューダお嬢様の手には決して手の届かない星でしょう。バルミューダお嬢様の理想の形で手に入れられることは決してない。それでもせめて、どんな形であっても彼の者の心だけはバルミューダお嬢様の元へと。心を寄せたものを辱められ、残忍に殺されれば永久にバルミューダお嬢様への強い激情を心に刻み込むでしょう?』


 勝手に主人の命を賭け、彼はそれを実行した。

 当のバルミューダはここまでのことになるとは思わなかったと泣き叫び、喚き続けていたという。


 この事件はベルトゥリー伯爵の代理人であるレオニスとムーンランド子爵。そして次期トライウィール辺境伯夫妻となるマリアナとエルンストの間でどう事を収めるかで慎重な話し合いが重ねられた。


 何せベルトゥリー伯爵領の領主の命がトライウィール辺境伯令嬢によって脅かされたのだ。

 このまま表沙汰になればトライウィール辺境伯の王国の守護者の名が泥に塗れ、その栄誉と信用は失墜する。


 彼の地には王弟であるエルンストが婿入りしている以上、ひいては王家すら揺るがすことになる。


 故にこの事件はギルバートがエナに下心を抱いたがために引き起こされた事件となった。


 それだけでも大事なのだが、直系の娘が引き起こしたとなるよりはトライウィール辺境伯領、そして王家へのダメージは抑えられる。


 ギルバートは貴族領主の命を脅かした罪で公開処刑となり、絞首刑となった。

 バルミューダはトライウィール辺境伯領へと送り返され、そこでひっそりと毒杯にて処理をされた。表向きには病死だ。


 命からがら助かったエナの高熱は寛解に二週間ほどかかった。


 身を起こせるようになってからは食事もよく摂れるようになり、そこから元気になるまでは早かった。


 それでも夜に微熱がぶり返したり、二の腕の傷が引き攣れて痛むような仕草を見せることはどうしてもあって、その分使用人が過保護に彼女をベッドに押し戻すことはよくあった。


 その度に彼女は「解せぬ」と不満そうな顔をしていたことが印象的だ。


 そうして誘拐事件からひと月経ち、医師から完治したと太鼓判を押されて、エナはようやく外を出歩くことを許された。

 そんな外に出られるようになった彼女が一番最初に所望したのが誘拐事件で命を落とした警備員の墓参りだった。


 ベルトゥリー伯爵邸を警備していた彼は家にいることの多かったエナともそれなりに顔を合わせていた。

 そんな顔見知りが亡くなったことは彼女にとってずいぶんと心を痛めるものとなっただろう。


「奥様」


 涙を堪えるように俯き、身を小さく震わせるエナの肩を抱くようにして世話役の侍女がそっと彼女を抱きしめる。

 慰めるように肩をさする世話役の侍女にエナはわずかに顔を上げて、世話役の侍女の顔を見た後、もう一度墓へと目を向けた。


 それから抱えていた花束をそっと墓石の前に置く。


「いつも家を守ってくれていて、ありがとう。出かける時、あなたが『いってらっしゃいませ』って声かけてくれることがもう二度とないことが悲しい」


 墓石にそう声をかけるエナの声は掠れていて、悲しみに満ちていた。

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