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「あまり手をかけさせるな。別に私は額に風穴の空いた貴様の首を献上するのでも全然構わないんだ」
そう告げるフードの下の瞳はひどく冷え切っていて、彼の言葉に嘘はないことが見てとれた。
これは本当に殺される。
そう悟って震えるばかりの小娘になったエナをギルバートは拳銃をちらつかせたまま、無理矢理立たせてその手を後ろ手に縛り付ける。
「歩け。どのみち馬車は足がつくから棄てる予定だった。このまま目的地まで行くぞ」
そうしてエナを前に立たせ、背中に拳銃を突きつける。
ぐり、と背中に押しつけられる拳銃から、歩けと圧力を感じて、エナは震える足を動かして前に歩く。
背中に突きつけられた銃で誘導されながら、エナはすり傷がジンジンと痛み出すのを感じていた。
その頃には恐怖で震えるばかりではなく黙したまま、自分の境遇を嘆くくらいはできるようになっていた。
ここまで不幸か、自分の人生。
貴族の家に生まれながら人生の半分以上を冷遇されてきた。
転生して前世の記憶があったからとて、物語のようにそれを使って無双ができるほどのものでもなかった。
思った以上に現実はとても現実的だったからだ。
転生した記憶を得て、冷遇されるようになってからすぐに家出を実行したことがある。
こんな場所にいるくらいなら平民でもいいからもっとマシな場所で生きられる場所を探そうと。あるいは然るべき場所に訴えて窮状を脱しようと。
けれども幼いエナはすぐに見つかって連れ戻された。
二度と逃げ出せないように厳重に閉じ込められることになった。
閉じ込められた身分では然るべき場所とやらにも訴えることはできず、誰もが自分を見て見ぬふり。
結局転生で得た知識は現実逃避くらいしか役立つものはなくて、自分の無力を噛み締め続けた。
それでも最近、ようやくその窮状を脱して少しずつ人生が上向いてきた気がしたのに、これだ。
背中に当たる硬い筒の感触にため息が漏れそうになる。
殺したって構わない、と言ってのけたギルバートの連れていく先はどこかはわからない。
でも彼のやっていることはおそらくバルミューダの意図なのだとはさすがのエナも察していた。
レオニス・ウィスタリアと離縁しろ。
そう迫った彼女が自分を邪魔者に思っていることくらいはわかっている。
そんなもん、双方のことなんだから私を巻き込むなよ、とは思うものの、その一方でその当のレオニスが彼女に対しての気持ちがないからこそこの暴虐に至ったのだろうとも察していた。
つまりは白雪姫の継母だ。
世界で一番美しい娘を殺せばその座が自分に転がり込んでくる、という理論。
巻き込まれた方はたまったものではない。
多分、遅かれ早かれ自分は死ぬのだろうな、とエナは思い至る。思い至ってしまった。
死んだらどうなるか。
多分また、次の世界に転生する。
それがどんな世界かはわからないし、今よりもっと不遇な生活を強いられるかもしれない。
けれどもその場合はまた死んで、次の世界に賭けるのだろう。
ああ、謂わば転生ガチャ。
そこまで考えたエナは次があるって身をもって体験した転生者ってろくでもねえな、とひっそりと苦笑した。
別にエナだって進んで死にたいわけではないのだが、それでもろくでもない人生を歩んできたために、転生があると識ってしまったがために死へのハードルがだいぶ低くなっている。
どうせなら苦痛の少ない方がいいな。
このまま彼に従って進むのがいいのか、ここで彼に逆らって撃ち殺されるのがいいのか。
そんな二択まで考え始めた時に、川に差し掛かった。
申し訳程度の縁がある、まるで板みたいなオンボロ橋がかかっている。
背中をぐいと拳銃で押されて、この橋を渡れと促された。
橋の下は思ったよりも大きな川がゴウゴウと音を立てて流れている。
そこでエナはふと思う。
この川に身を投げたらワンチャン生き残れる可能性があるのでは。
何、死んで元々。生き残れるならそれに越したことはない。
よし、やろう。
「ーーっ!」
そこまで考えたエナはノータイムで川に身を投げた。
突然身を倒すようにして川に飛び込んだエナにギルバートは驚いたようだが、すくさま突きつけていた銃を発砲する。
銃弾が後ろ手に縛られていた二の腕に突き立った。
赤熱する灼熱の棒を捩じ込まれたような熱さを二の腕に感じたが、次いで冬の川に飛び込んだ全身が刺すような冷たさを訴えた。
思った以上に川は深かった。身投げをするように飛び込んだ身としてはその深さは助かったが、後ろ手に縛られていたことと水を吸って重くなる衣類で思うように身動きが取れない。
変にもがくよりも川の流れに身を任せて流された方が遠くに逃げられると思って流されているが、呼吸苦に早くも身を投げたことを後悔する。
寒さと苦しさの中、エナはただただ早まったなあと川に流されるまま、ぼんやりと思った。




