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そうしてひと月経って、いよいよ夜会の日である。
レオニスは初め不安要素しかないと思っていたが、その予想に反してエナはそこそこ優秀な頭を持っていたようだ。
彼女はこのひと月、契約外にも関わらずレオニスの手配した教育係の言うことをよく聞いて勉学に励んだ。
マンガを描いていただけあって読み書きの部分に問題がなかったばかりか、足し引きだけでないある程度の計算ができたことには驚いた。
父親に叩き込まれたのか、無教育故に独自の常識を練り上げていたのかはわからないが、貴族の常識とその差異を正すのは苦労していたようだ。
だが何とかその差異も飲み込んで、今回夜会に出席する貴族たちの名前や歴史、領地のことはあっという間に覚えた。
「設定資料集みたいで楽しい」
と、訳のわからないことを言ってはいたが。
相変わらず無能なのか有能なのか読めない女である。
とはいえ、さすがに所作等の動作の部分は長年染みついたものを拭うことはできなかった。
「ベルトゥリー伯爵を継ぎましたエナでございます。どうぞお見知りおきを」
スカートをつまみ、片足を引いて膝を折るだけでも苦労しているのか足が震えている。
背筋も伸ばそうと意識はしているのだろうが、腰が曲がると共に背中も若干曲がる。
「五歳児だな」
「三歳児脱出!」
「それくらいで喜ぶな」
夜会前の最終チェックとして夜会に着ていくドレスを着せてカーテシーをさせてみたが、どうにもつたない。
そのつたなさの言い訳を考えるのはレオニスの領分だ。
さてどう言い訳をすればベルトゥリー伯爵の面目が保つか。
教育係に直す場所を聞きつつカーテシーの練習に励むエナを見つめながら黙々と考えていると、
「旦那様」
ふと家令が静々と入ってきて、レオニスにのみ聞こえるように耳打ちをする。
「予定外のお客様がいらっしゃいました」
「誰だ」
「デーニッツ氏とそのご家族でございます。先触れがなかったので敷地内に通さなかったのですが、門の前に居座って騒いでおります。官憲をお呼びいたしますか?」
家令の言葉に渋面が浮かぶ。
デーニッツとは今、目の前で必死にこれからの夜会に備えて何度も作法を確認しているエナの実父だ。
その家族となると愛人と義理弟も来ているのだろう。
支度金を使い込むのが思ったよりも早かったな、というのがレオニスの感想だ。
彼らの豪遊ぶりでもあとひと月は保たせられると踏んでいたのだが、どうやらあればあるだけ使い込む人種の豪遊ぶりというものを侮っていたようだ。
とはいえ、よりにもよってこの日に来るか。
間の悪さに表情が取り繕えず歪む。
「レオニス様?」
その表情をエナが見咎めて、不安そうな顔を浮かべた。
まるで自分の非を叱られるのではないかと恐々とこちらを伺う様子にため息が漏れる。
「三十分だけ時間をやると言って一番狭い応接室に通せ。茶は当然いらん」
「かしこまりました」
この手の手合いはしっかり追い返さなければ何時間でも居座って騒ぎ続けるし、今官憲に引き渡したところで大した罰は与えられない。そして会わなければこちらの予定などまるでお構いなしに毎日のように押しかけるだろう。
明日は明日でレオニスの予定は詰まっているし、エナと使用人だけが屋敷にいる状態で押しかけられたらたまらない。
レオニスは懐中時計に目を落とし、三十分でどう始末をつけるか思案する。
「エナ嬢、俺は三十分席を外す。それまで君はここで教育係と共に作法の基礎を確認していろ」
「え、あ、はい」
そうしてレオニスはエナを置いて、気の進まぬ面会へと向かった。




