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「この織物をデザイナーのもとに持ち込んでみよう。うまくいけばすぐに良いものが仕上がりそうだ」
「私のおすすめは扇子、スカーフですね。服にするなら浴衣がいい〜」
「……扇子とスカーフはともかく、君の前世とやらの単語を持ち出されてもわからん。どうしても欲しいものなら俺が次に帰ってくる時までにデザイン画にでもしておいてくれ」
「おっふぉぅ、迂闊なもの描いたら現実になってしまうやつ。レオニス様って時々唐突に甘やかしにかかるからなー」
レオニスの言葉にエナがそうぼやく。
レオニスとしては彼女の欲しがるものの基準が低すぎるだけなのだ。だから容易く叶えられるだけであり甘やかしているつもりはないのだが、エナにはそう感じるらしい。
レオニスはそのままエナの染めた絞り染めの布を丁寧に鞄にしまい、身支度を整える。
「では俺はデザイナーの元へと行ってくる。君はこれから原稿か」
「うす。締め切り伸びなかったんでこれから三日間根詰め詰めですわー」
「食事と睡眠は疎かにしないように」
新婚休暇を終え、マンガの締め切りに挑むエナの目は死んでいた。
レオニスはそう注意するが、エナがそれを守れないことは薄々察していた。
なので代わりに彼女の世話役の使用人へときちんと見ているようにと目配せをする。
レオニスの目配せに世話役の使用人は無言のままに頷いた。
「レオニス様もご無理なさらずー。いってらっしゃーい」
「ああ」
エナが呑気な声をあげ、レオニスを見送る。
その声にレオニスは頷いて、玄関扉を開ける。
それから表に停まっている馬車へと歩き、ふとベルトゥリー伯爵邸に無造作に近づいてくるフードを目深に被って顔を隠した不審な男を見て、顔をしかめた。
馬車を出すために正門を開けていた警備兵が男を制そうと声をかける前に、男が拳銃を撃つ。
「……っ!」
発砲する際の高い音が響いて警備兵が崩れ落ちる。
「急いで玄関を閉めろ……!」
「レオニス様……!」
続けてさらに発砲音が響き、指示を出すレオニスが撃たれる。
腹部を押さえて膝をついたレオニスを見て、このような襲撃に慣れていない使用人は咄嗟に動けずに固まり、エナもまた動揺して外に飛び出してきた。
来るな、とレオニスが叫ぼうとするも間に合わず、レオニスに駆け寄ろうとしたエナの前に襲撃犯が立つ。
エナが息を飲み、体を竦ませた。
そんな彼女を襲撃犯が銃把でエナを打ちつけ、意識を奪う。
「エナ……!」
崩れ落ちるエナを見て、レオニスは体に力を込める。
けれども銃弾を腹部に受けた体は思うように力が入らず、小さく震えるばかりだ。
誰も動けない様子に襲撃犯は目もくれずに崩れ落ちたエナの体を担ぐと御者に銃を向けて準備のしてあった馬車を強奪した。
動揺していた馬が鞭を打たれていななき、走り出す。
「エナ…………っ」
去っていく馬車をレオニスは睨みつけ、歯噛みする。
初めからあの男はエナを狙っていたらしい。
無駄のない洗練された動き。迷いのない狙いと、狙い通りに拳銃を撃つ腕。白昼堂々と誘拐を行う大胆な手口。
軍人。あるいはそれに準ずる役職を担ったことのあるもの。
そこまで頭を巡らせて、レオニスは舌打ちをした。
「だ、旦那様……っ」
ようやく硬直していた使用人が動けるようになったらしい。
動揺はしたままだが、心配におずおずと話しかけてくる使用人を睨みつけ、レオニスはこう怒鳴りつけた。
「今すぐに警邏と次期トライウィール辺境伯に連絡をつけろ! すぐに包囲網を敷き、奴を探せ! エナを傷ひとつなく取り戻すんだ、急げ!」




