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レオニスは目の前の布を広げ、ジッと眺めた。
鮮やかな青紫色に染まる布にはくっきりとした輪っかがいくつか白く浮かび上がっている。
まるで水泡のような様々な大きさの輪っかはそれだけで洒落ている。
次の布を手に取る。
色は同じ青紫。
だがこちらは幾何学のように幾重も連なる雪の結晶か花のような模様が均一に続いている。
こちらも美しく、目新しい。
三枚目を手に取る。
端にさざなみのように白い模様が入った布は青紫の色合いともあって、とても爽やかな印象だ。
「どうですか、レオニス様」
この布を染めたエナがおずおずと問いかける。
「ーーこれは素晴らしい。やり方さえ間違えなければ貴族はこぞって求めるだろう」
「やったぜ。ご褒美に原稿の締め切り伸ばしてください」
「それは無理だ。それとこれとは別の話だからな」
「くそぉ! そういうところしっかりしてやがるレオニス様!」
すげなく告げるレオニスにエナは大袈裟に膝をついて地面を叩いた。
そんなエナを白々とした目で見つめながらも、レオニスは相変わらず彼女の頭の中に眠る情報は想像以上に有益だと改めて思い知った。
絞り染め。
布を紐などで固く結ったり板で挟んだりしてから染める段階で模様を作るこの手法は彼女の前世の故国に伝わる伝統の技法なのだという。
染める段階でこのように美しい模様を作る方法があるなど、レオニスは知らなかったし、おそらくこの国の者では誰も思いつかなかっただろう。
何故、このような技法の実践をしているかというと、例の薬草を育てる際にどう畑を広げていくか。どう嵩むコストをどう抑えるか、という話になったのだ。
これから栽培方法や品種改良などを長期的に研究をしてコストを抑えられるようにする予定ではあるが、それを続けるための金銭は有限だ。
レオニスがいくら指折りの資産家だとしてもそれらにすべての資産を懸けられるわけではない。
長期的にやっていくのならなおさらだ。慎重にならざるを得ない。
そこでエナがこう言った。
「前世だったらそういうのクラファンやってましたね」
要するに不特定多数の善意の寄付だ。
とはいえ、彼女のいた世界では遠く離れた人間たちにも情報を発信できるものがあったからこその容易く寄付金を集えたという。
この世界で寄付を募るとなるとそれなりに大掛かりなものが必要になるだろう。
だが寄付を募るというのは悪くない目の付け所だった。
貴族というものは持て余した富を慈善活動に費やすものだ。
「クラファンだと活動にちなんだ物を返礼品として用意したりしてましたけれど」
エナの言うように物に慈善活動の付加価値をつけるというのも悪くはない。
エナと話し合い、その方向で何か商品を作ることにして、ベルトゥリー伯爵領産の綿花を使った織物が良いのではないか、となった。
だがただの織物ではだめだ。何か目を引くようなものが欲しい。
と、そこでエナがまたしても手を挙げたのだ。
彼女は製薬の段階で捨ててしまう薬草の部位を拾い上げ、「こういうのどうです」と布を染めて見せたのだ。
自分の気に入った色の布を作るために染色に関する本を読んでいた彼女は、この世界に前世の故国ではポピュラーだった染めの技術がこちらにないことを把握しており、これなら目新しいのではないかと思ったと言うのだ。
彼女の予想通りにその技法はこの国にはないもので、うまく流行らせることができれば飛ぶように売れるとレオニスも確信した。
彼女の言うマンガの原稿の締め切りは伸ばしてはやれないが、特別賞与を出して労ってやりたいくらいにエナは本当に貢献してくれる。




