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「おや?」
と、ふとお喋りをしていたエナが不思議そうな声を上げて、レオニスはハッと我に返った。
遠くに豪奢な馬車が停まり、中からひとり、ふたりと貴人が降りてくる。
遠目からでも目立つ燃えるような赤い髪の男。
そしてその男にエスコートをされて降り立った凛とした麗しい黒髪の女性。
「王弟殿下」
「やあ、レオニス。お前がこっちにいるって聞いたから挨拶に来たよ」
レオニスが彼を呼べば、赤髪の男が朗らかに笑んで片手を上げた。
今日は特に変装もなく、逞しくも凛々しい姿を惜しみなく晒している。
「お久しぶりです。わざわざこちらまで足を運んでいただけるとは」
その姿にレオニスは深く紳士の礼で応えた。
そんなレオニスにエルンストは「固い固い」と笑いつつ、それからエナに視線を移す。
「お久しぶりです、ベルトゥリー伯爵。またお目にかかれて光栄です。こちらは妻のマリアナ・トライウィールです」
「突然押しかけて申し訳ない。お初お目にかかる。マリアナ・トライウィールだ」
「ベルトゥリー伯爵を預かることになりましたエナです。この度は次期トライウィール辺境伯とお会いできたことを光栄に思います」
エルンストの紹介に黒髪の美女がデイドレスの裾を摘んで膝を折る姿にエナも慌ててカーテシーで応える。
エナの隣でオロオロとレオニスとエナを見上げていたルルもエナに倣って慌ててぺこりと頭を下げた。
「る……ルルです……」
「ルルちゃん。可愛いお名前だね。すまないな、急に話しかけて驚かせてしまったかな」
マリアナが車椅子のルルに目線を合わせるように屈んで微笑んだ。
凛とした麗しい美人の微笑みにルルはモジモジとして縋るものを探して傍らのエナのスカートを掴む。
そんなルルの手をエナは上から自分の手を被せて安心させるように握った。
人見知りするルルの姿にマリアナは苦笑して立ち上がる。
「この子はお二人の子かな? 新婚の二人にしてはずいぶんと大きな子のようだが……」
「いえ、この子は今度ベルトゥリー伯爵領で薬草の栽培事業を始めるにあたって、治験者として探してきた子になります」
「なるほど……いや、失礼。そなたらの仲があまりに仲睦まじく見えてな。つい親子かと勘違いしてしまった」
マリアナの問いにレオニスが答えれば、彼女はそう頷いた。
「お二人はどうしてこちらに?」
レオニスが建前的に二人へそう問いかける。
エナが恐縮しながらも何度もレオニスへと視線を投げてくるからだ。
彼女の視線を言葉にするなら「何で王弟殿下と次期トライウィール辺境伯がおるの? レオニス様は何か知ってるん!?」だろうか。相変わらずわかりやすいくらいに目が口ほどにものを言う女だ。
「今回は仕事に根を詰めがちな妻の気晴らしのための小旅行だ。ベルトゥリー伯爵領は今、綿花の収穫期だろう? 真白の花のように一面に木綿が広がる景色を彼女に見せたくてな」
レオニスの問いにエルンストがそう答える。
だが当然、それも建前だ。
彼らは間違いなくレオニスからバルミューダの一件の報を受けてベルトゥリー伯爵領にやってきたのだ。
せいぜい部下を送り込んでくると思っていたレオニスもよもや二人がトライウィール辺境伯領を離れてベルトゥリー伯爵領までやってくるとは予想していなかったが。
「先んじて妹がこちらに伺ってると聞いた。あやつが気にいるような場所ではないと思っていたが……なるほど、なかなかにのどかで澄み切った空気が心地よい。早う合流してこの地について話し合いたいものだ」
マリアナがわざわざ“妹”と言葉に出して、そこでエナもまた二人がわざわざこの地を訪れた裏の事情を察したらしい。
ああ、とようやく頷いて、その瞬間に車椅子に腰掛けていたルルがクシュンと小さなくしゃみをした。
「大丈夫? 少し冷えちゃったかな。寒くない?」
「申し訳ありません、王弟殿下、次期トライウィール辺境伯。彼女の調子が悪くなる前に御前を失礼させていただきます」
ルルのくしゃみにエナが慌ててルルのマフラーをそっと巻き直し、レオニスは二人の前を辞するために頭を下げる。
二人は少し慌ただしくなってしまった三人の様子に微笑ましく笑む。
「ああ、構わないよ。その子を大事にしてあげなさい。お大事に」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
エルンストの言葉にレオニスはそう挨拶をし、エナとルルを連れて踵を返す。
ヒラヒラと手を振るエルンストとマリアナの気配を感じながら、ふとレオニスはエナにだけ聞こえるようにこう告げる。
「……バルミューダの捜索はいまだに続けているが、彼女はまだ見つかっていない」
その言葉にエナがハッとレオニスを見た。
「お二人がいらしたことで事態が好転するといいが、あの女は自分の目的のためなら手段を選ばないところがある。君も引き続き気を緩めず、警戒をしておいてほしい」
そう告げれば、エナはこくんと頷いた。




