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 それからまた日は経つ。


 エナの体調は徐々にではあるが良くなってきている。


 痩せ細っていた体は肉付きがよくなり、枯れ枝のように乾いていた手足はまだ紐のように細いが多少の張りが出てきた。

 パサついてボサボサだった髪は少しずつ千切れたり抜けることも少なくなり、滑らかで指通りが良くなってきた。

 こけて骨に皮が張り付いた状態のような顔はふくらとして、顔色も血色が戻ってきた。

 時に強制的に寝かしつけ、睡眠もきちんと取らせたから目の下の隈も薄くなってきた。

 まだまだ病弱的な印象は拭えないが、それでも乞食か奴隷のような見た目から病弱な令嬢くらいには見えるようになってきた。


「そろそろ人前に出しても問題はないか」

「ほあ?」


 昼間の自由時間にマンガ原稿の製作に没頭していたエナが間抜けな声をあげて顔を上げる。

 その顔に軽く眉をひそめながらもレオニスは言う。


「ベルトゥリー伯爵としてのお披露目の場の話だ。今、どの場が相応しいか考えている」

「お披露目……」

「まだ式も挙げていないしな。そろそろ準備に取り掛からねばならん」

「けっこんしき」


 レオニスの言葉を反芻するエナはやはり間抜けな顔のままだった。

 だが言葉を口に出してから数秒経って、ようやくその言葉が頭に届いたように彼女は目を剥いて叫んだ。


「け、けけけけ結婚式!? 私、お飾りですよね!? お飾りの妻なのに結婚式!?」

「するだろう。むしろお飾りだからこそ」

「うそぉ!? ウエディングドレス着るの!? 着ちゃうの私!?」

「なんだ、不服か?」

「い、いや、その、まさか着れるとは思ってなくて……生前だって全然縁なかったのに……」

「は?」

「あああ、いや、私には全然縁がないものだと思ってたってだけです!」


 ごにょごにょと呟く彼女の不可解な言葉を聞き咎めれば、彼女は慌てて両手を振って誤魔化した。

 彼女の必死な様子にますます怪訝になるも、レオニスは追及しようとは思わなかった。


「でも、そっかぁ……ウェディングドレスかぁ……」


 照れたようにエナが呟く。


「何か希望でもあるのか」

「希望!? いや、そんな……希望って!? 聞いてくれるんですか!?」

「予算内であるなら好きにして構わない。ただ伯爵家の結婚式だ、見窄らしいものは困る」

「暗にお金かけろって言った!? 怖っ、逆に怖っ! 私の結婚式どうなるの!?」


 エナがハワハワガタガタと慌てふためく。

 相変わらずリアクションが大袈裟で、淑女とは程遠い姿にレオニスはため息をつく。


 と、その時だ。


「旦那様、ベルトゥリー伯爵様に招待状が届いております」


 控えめなノックと共に家令が招待状を持ってしずしずと入ってきた。

 レオニスは家令が持ってきた招待状の宛名を確認し、それから顔をしかめて封を開ける。

 自分宛の手紙を勝手に開けられたのだが、エナはベルトゥリー伯爵の自覚がないのかキョトンとした顔でレオニスのことを見守っている。


「ーー…………」


 中身は夜会の招待状だった。

 招待状を一読し、それからまた改めて封蝋を確認してからレオニスは渋い顔のままため息を落とす。


「ベルトゥリー伯爵のお披露目の場が謀らずとも決まった」

「はい?」

「ひと月後に侯爵家主催の夜会がある。俺が懇意にしている子爵が気を回して寄親に掛け合ってくれたようだ。新しいベルトゥリー伯爵に会えることを楽しみにしていると」

「レオニス様、私と結婚しなくともすでに上位貴族とのコネクションできてません???」

「コネクションはいくつ抱えていてもいい。そも一代限りの成金男爵と伯爵婿とでは身分が違う。爵位が高ければやれることも変わる」

「はあ、そういうものですか……」


 いまいちピンと来てない顔でエナが頷く。

 その顔を胡乱に見つめて、レオニスは言う。


「他人事みたいな顔をするな。君も赴くんだぞ、ベルトゥリー女伯爵。覚えているな、契約内容」

「えっ? あっ……! え、んんっ???」


 エナがひとりで百面相をする。

 聞き返した後で婚約締結に当たって人目のあるところでは夫婦を演じることを思い出したはいいが、さらに遅れて聞き捨てならない台詞の咀嚼に失敗したような反応だった。

 相変わらずワンテンポ遅れて話が脳みそに届く辺りに不安が芽生える。


「待ってください、ベルトゥリー『女』伯爵って言いました!? レオニス様が新しいベルトゥリー伯爵になるのではなく!?」

「薄々君も実の父と同じ思い違いをしているのではないかと思っていたが、やはりそうか。いいか、貴族の爵位は正統な血筋にのみ受け継がれる。入婿に爵位継承の権限はない。君の祖父である先々代ベルトゥリー伯爵から爵位を受け継いだのは君の母。そしてその母から爵位を受け継ぐべき正統な血筋は君しかいない、エナ嬢」

「正統な血筋が爵位を継ぐことはうっすら……でもてっきり私、領地のお仕事してるのレオニス様だし、ベルトゥリー伯爵家の血を持つ私が迎える旦那様がベルトゥリー伯爵になるのかと……」

「君の解釈は時々ぶっ飛んでいるな。いや……君の父親が無知で思い込みの激しい性格だったからやむを得ないところがあるか」

「へ、へへ……お恥ずかしい限りでございます……」


 デヘヘ、と貴族淑女には見えない笑顔で笑うエナを見つめ、レオニスはしばし考える。


 彼女の体調も次第によくなり、見た目もだいぶ改善された。

 だが最低限の教育もない状態で上位貴族の夜会に出して大丈夫なのか。

 レオニスが常に隣に立って彼女には挨拶以外の一切を喋らせるつもりはなく、彼女の体調を理由に短時間で済ませるつもりではあったけれども、本当に最低限の常識すらもわからない女がやらかしたりしないだろうか。


「………明日から教育係を手配する」

「へっ?」

「君に貴族の常識を叩き込む。最低限でいい、ひと月で身につけろ」

「ひと月で!? 待って、どんな教育されるの私!? できる!?」


 エナが悲鳴を上げる。

 少なくともできなければ、彼女は今後の社交の一切をさせられなくなる。ほぼ一生、レオニスが飼い殺しだ。


「せいぜい死に物狂いで励め」


 鼻で笑うレオニスを見上げたエナは蛇に睨まれたネズミのようにプルプル震えた。

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