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 ベルトゥリー伯爵家の使用人一同、自分たちの主人夫婦の間柄に至極やきもきしていた。


 かたや自分たちを認め、相応の待遇を約束して雇用してくれた敬愛すべき主。

 使用人の中には彼と同じ孤児院の出身で目をかけてもらえたものから、彼の養父の代から仕えて彼の才を間近で見てきたものもいる。

 境遇の差こそあれど彼らのレオニスに対する忠誠は皆それなりに厚い。


 何せ彼はとても優秀で目利きが利く。

 多少冷静さと合理主義が過ぎることはあるが、それでも自分たちの仕事を信頼してきちんと正当な評価を下してくれる彼のことを使用人もまた信頼していた。


 そんな彼がつい最近になって迎えた妻。

 彼女は貴族らしかぬ気安く親しみやすい雰囲気の女だった。

 家族に虐待されて育つという過酷な過去を持つにもかかわらず、彼女はいつも明るく素直で、使用人に対しても傲慢な態度は決して取らずに些細なことでも感謝をしてくれる。

 感情表現が少しオーバーなところも愛らしいと思う。

 芸術家肌でひとつのことに熱中すると寝食を疎かにしてしまうところは少し困りものだが、その辺りの手がかかるところも世話のしがいがあるというもの。


 つまり何が言いたいかと言うと、ベルトゥリー伯爵邸に勤める使用人は皆一同、主人夫婦を好いていた。


 そんな主人夫婦の間に突如割って入ろうとする女狐が現れた。

 そんな女狐のことを前々から知っている使用人も中には当然いたが、彼女の存在には彼女のことを知る誰もが眉をひそめ、あるいは苦々しく顔を歪めた。


 そんな女狐に二人の間を引っ掻き回されたくないのが使用人の総意だった。


 二人の間柄が誰も割って入れないほどに盤石であれば、誰も彼もやきもきしなかっただろう。

 けれども二人の間は始まったばかりで感情の重みもない、互いの利害が一致しただけの政略で結ばれた間柄。


 ましてやエナの方は女狐に対して堂々と夫はレオニスでなくとも良いとまで明言してしまったのだ。


 だからこそ今一度二人にはきちんと話し合い、互いに歩み寄ってほしかったのだ。


 だが。けれども。

 レオニスは確かにその日すぐにとはいかなかったが、バルミューダ・トライウィール辺境伯令嬢の報告を受けてエナとその件について話し合う時間を取ってくれた。


 しかしその時の空気はどう見ても上司と部下。話の内容だってどう聞いても単なる現状報告、対策会議といったもの。甘い空気のかけらもない。


 違うだろう! そうじゃないだろう!

 そこはもっと踏み込め、旦那様!

 奥様の心配をして! 大事だとアピールして!


 その場に居合わせた使用人は顔に出さないプロの仕事をしつつも、内心でずっとそう絶叫していたし、


「はぁぁ……前々から知っていたけれども、旦那様って本当に朴念仁」

「ほんとよねえ」


 何だったら二人のいないところで愚痴り合っていた。


「顔はいいのに、こういうことになると本っ当気が利かない」

「あれってもうわざとなんじゃないかって気がするわあ。だって旦那様って商談は綺麗に纏めてくるじゃない」

「あああ〜、そうだったら最悪ねえ。奥様もお可哀想に」

「でも奥様もちょっと特殊なタイプだし、旦那様からしたら普通の女の子と扱いが違って困ってるところもあるのかも?」

「まっさか〜」


 仕事の休憩時間。使用人部屋でお菓子をつまみながらメイドたちが姦しくお喋りに興じる。


 今日のおやつはバターの風味が美味しい高級クッキーだ。

 エナの友達であるマリーナがこの前来訪した際にお土産に持参してくれた代物で、エナが厚意で使用人に分けてくれたものだ。


 美味しいクッキーに舌鼓を打ちながら、お喋りは続く。

 主人のレオニスへの愚痴から、二人がどうしたらもっと仲良くなってくれるのか。あるいは二人の間を引っ掻き回そうとするバルミューダへの悪口まで。


 と、


「た、大変……大変だ! やべえ噂聞いちまった!」

「あら、どうしたのよ」


 慌てて裏口から駆け込んできた侍従の姿にお喋りをしていたメイドたちは目を丸くする。

「だ、だ、旦那様が……」

「旦那様が?」

「よ、よそに女を囲ってるって……!」

「はぁああああああ!!?」


 思わぬ話にメイドたちは思わず声を上げる。


「いやどこの噂よ!? あの旦那様よ!? ありえないって!」

「そうよ、情緒死んでて仕事が恋人とか言われてたあの旦那様よ!?」

「ほら、あのメロン令嬢が二人を不仲に陥れようと流した根も葉もない噂ってオチじゃない?」

「お、オレだってそう思ったよ。でもやけに内容が詳しくってさ……ムーンランド子爵の耳にも入って調査されてるんだ。オレも事情を尋ねられた……! 何も知らないから知らないって言ったけど……」


 侍従の言葉に否定を重ねていたメイドたちも押し黙る。

 皆して顔を見合わせる。


「……え、これってやばくない?」

「というか、本当にそうなの……?」

「いや、まさか……でも……」


 誰もが真っ青な顔をし、それからほとんど同時に同じことを考えた。


 この噂がもし奥様の耳に入ったら。

 おそらく彼女は鷹揚に構えて「そうなんだ。じゃあいつでも離縁ができるように準備しておきますね」などと言いかねない。


 いや、それだったらまだマシだ。

 彼女が変に気を利かせ、「じゃあレオニス様の愛する人のために場所を空けておかないとですね」なんて言い出して離縁に向けて動き出してしまったら。

 あるいはかつて愛人を連れ込んで自分を虐待した父親のことを思い出し、彼らに受けた仕打ちを連想して傷ついてしまったのなら。


「みんな、これは奥様には絶対耳に入れない方向で」

「奥様が知る前に早期解決を目標に」


 彼らは口々にそう言い合い、頷き合うのだった。

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