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レオニス・ウィスタリアという男と初めて出会ったのは、彼がまだ少年と呼ばれるほどの年頃の頃だ。
自分の義兄となる王弟エルネストに連れられて辺境伯家にやってきた彼は、身なりこそ上等なものを着ていてもその所作や言葉遣いは粗野なものが隠せず卑しい身分が透けて見えた。
バルミューダは初めこそ、なぜそのような卑しい少年をエルネストが連れてきたのかわからなかった。
麗しい義兄のそばでネズミのようにチョロチョロとする彼が目障りで、でもだからこそ目で追ってしまったのだろう。
嫌悪しか抱かなかった彼が所謂天才だというものに気がついたのはいつの頃だったか。
彼はエルネストのそばに侍り、大人たちに混じって新規事業を推し進めていた。
その事業はエルネストのもののように見えて、その実彼が作り上げていたものだった。
けれども彼は決して前に出ず、エルネストを立てるようにじっと裏方に徹していた。
なるほど、エルネストが気にいるわけだと理解し、感心した。
彼のことを好意的に受け止められるようになれば、そのうちに彼が目覚ましい成長をしていることにも気がついた。
卑しい身分の透ける粗野で野蛮な振る舞いは、エルネストに感化されたのかいつしか洗練されたものに。
少年らしい小柄でネズミのようだった姿は、背が高く逞しい端正な青年に。
まるで醜いアヒルの子が白鳥へと変貌するような成長を遂げたのだ。
彼がそうした成長を迎えたことが、なぜかまるで自分のことのように誇らしく思った。
美しく逞しく成長した彼にはやがて女が群がるようになり、そのことが面白くなかった。
その頃にはバルミューダも自分が彼に抱いている感情が何なのかはよく理解していた。
だからバルミューダもレオニスにアピールをした。
自分は上辺だけの彼を見てアピールする有象無象の女とは違う。
ずっと成長を見守り、醜かった頃も卑しい出自も理解して手を伸ばしている。
自分だけが彼を理解できる。だから彼は自分の手を取るべきだ。
そう思うのに、けれども彼は自分を拒絶した。
言葉や態度こそ恭しく慇懃ではあったけれども、他の手を伸ばす女を見つめるようなうんざりとした眼差しは隠しきれていなかった。
その眼差しはバルミューダを苛立たせた。
私が愛してやっているのに。私が目をかけてやっているのに。
彼は私をもっと大切にして愛するべきだ。
なのに。だというのに。
バルミューダは苛立ちにテーブルに拳を叩きつける。
じん、とした痛みが細い腕に痺れるように滲む。
それがますます苛立って手近にあったティーカップを投げた。
壁に叩きつけられたティーカップが儚く割れて、絨毯に紅いシミを広げる。
思い出すのは真正面から対峙した凪いだ瞳。
『レオニス様が離縁に頷くかと言われればそうではないと思いますので』
バルミューダを目の前にしてのうのうと言ってのけた冴えないあの女。
バルミューダの足元にも及ばない地味な風貌。卑しさすら滲むまったく洗練されていない所作。
あんなもの、花にすらなれないそこら辺の雑草だ。
だというのに自分は脅かされないのだという妙な自信だけは一人前なのがバルミューダの神経を逆撫でた。
「あの女……!」
バルミューダは苛立ちに爪を噛む。
綺麗に磨いて整えた爪がギザギザになり、それがまた腹立たしい。
あんな女がレオニスの妻だなんて。
「バルミューダお嬢様」
「ギルバート、報告なさい。何かないの。あの女をレオニスから引きずり離す、何かは!」
外から戻ったギルバートにバルミューダはイライラしたまま問う。
正直、バルミューダは焦っていた。
何とか姉や義兄の目をかいくぐってレオニスのいるベルトゥリー伯爵領へと来ることはできたが、彼らがバルミューダのいないことに気づいて連れ戻しにかかるのは時間の問題だ。
それだけではない。
バルミューダの結婚適齢期も過ぎ去ろうとしている。
今までは散々駄々を捏ねて先延ばしにできたが、適齢期を超えて令嬢として行き遅れの年に差し掛かる頃合いになれば、令嬢としての消費期限が残っているうちに父や姉がバルミューダの意思を無視して強引な婚姻を結ぼうとするだろう。
そんな父や姉を抑え込むことのできる、自分を溺愛してくれる祖父も高齢だ。
じわじわと追い詰められているバルミューダは苛烈にギルバートを睨みつけた。
ギルバートがしずしずとバルミューダに近づき、その耳にひそやかな報告を届ける。
その報告に目尻を吊り上げていたバルミューダはやがて興味深く彼の報告を聞き、それから眉間に深くシワを寄せた。
面白くない報告ではあったが、けれども使える情報ではあった。
「いいわ、あの二人を何が何でも引き離してやるのよ」
バルミューダの言葉にギルバートが一礼をし、去っていく。
その背を見送ったバルミューダは目を細めてうっそりと笑む。
まずはレオニスを手に入れる。
その後であの傲慢な女を破滅させてやろう。
その時のことを思うと笑いが止まらなかった。




