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その来客があったのは昼を過ぎた頃合いだった。
日差しは暖かくとも風は刺すように冷たく、その来客は寒さに身を縮めながらベルトゥリー伯爵家のカントリーハウスを訪れた。
「マリーナさん、ようこそいらっしゃいました」
「エナ様……! お久しぶりです!」
出迎えたエナの姿に来客がぱ、と顔を輝かせる。
マリーナは笑顔のままエナへと駆け寄り、それからエナの胸に飛び込むような形で崩れ落ちた。
「エナ様……! お話を、聞いてください……!」
「はい、伺います。飲み物はコーヒー、紅茶、麦茶がありますがどれにいたしますか?」
「むっ、麦茶……!? 麦茶があるんですか!? 何で麦茶!?」
崩れ落ちたマリーナがエナの言葉に驚いて顔を上げる。
エナは「まあ、色々とありまして」と苦笑をした。
・ ・ ・ ・ ・
「ーーははあ、あれからレスター様とはお変わりなく?」
「お変わりしかありませんが!? 最近、お義母様と結託して私を殺す方向で動いているのですが!? お義母様が私への解像度高過ぎて完全刺客。あれはいけない。誰がお義母様をあんな風に育てた……っ!」
「マリーナさんでしょうねえ」
麦茶の入ったティーカップをビールジョッキのようにテーブルに叩きつけたマリーナにエナはのほほんと答える。
「おかげさまで供給過多の日々……いや、ダメ! 落ち着いてわたくし! 推しは尊いけれど触れてはならないものなのよ……! 夢展開は喪女の心臓に悪すぎる……!」
「相変わらずで何よりですよ」
顔を覆って泣き出すマリーナを微笑ましげに見つめて相槌を打てば、マリーナはキッとエナを睨みつけてきた。
「大体、エナ様はどうなのです!? ウィスタリア男爵とあれほど素晴らしい式を挙げられたその後は。うっかり溺愛展開ないんですか?」
「残念ながらないですね〜」
「なってくださいませ! わたくしばっかりどうして唇を噛みちぎる日々を送らねばならないんです!」
完全な八つ当たりだ。
ウッウッと泣き喚くマリーナの頭をエナはよしよしと撫でる。
「まあ、うちは完全なる契約関係だから」
「わたくしもそれが良かった……推しが幸せになるのを草葉の陰で見守れればそれで良かったのに……なぜわたくしは当事者なの……」
「まあまあ……それを言ったらレスター様が浮かばれないから。泣いちゃいますよ、レスター様」
「ぐぅうううううっっ!」
胸を押さえて悶えるマリーナは相変わらずおもしれー女だった。
もはや手紙だけではこの想いが抑えられない。直接会ってお話ししたいと連絡があったのが十日ほど前。
それに別にいいよと返事をすればすぐさま日時を記した先触れが届き、そうしてマリーナはやってきた。
「はあ、ふう……エナ様、そちらのお話は止めましょう。なんだか致命傷しか負わない気がしてきました。それよりもこれです。“警邏隊長の摩訶不思議な事件録”。新作はお読みになりました?」
「読んだ読んだ。今回も良かったよね〜」
マリーナが一冊の小説本を取り出し、エナが頷く。
今巷で流行っている娯楽ミステリー小説だ。
「今回も隊長×副隊長の供給が大変美味しゅうございました。あの二人は結婚している」
「それな」
マリーナの気持ちが抑えきれなくなった、というのは大体ここだ。
腐った話はそうそう他ではできず、だからといって手紙だとやり取りに数日かかる。
そんなこんなで鬱憤を晴らすように二人は久方ぶりの腐女子的な会話に花を咲かせ、小一時間。
「奥様」
話もノリに乗ってこれからだ、というところでふと使用人が控えめに声をかけてきた。
その様子にエナはきょとんと目を丸くして使用人を振り返る。
「歓談中、申し訳ありません。お客様がお見えになっております」
「お客様?」
「……バルミューダ・トライウィール辺境伯令嬢を名乗る方です」
エナの問いに使用人がおずおずとそう答える。
レオニスから一度だけ聞いたことのある名前だ。確か王弟殿下の義妹だったはずだ。
「エナ様……トライウィール辺境伯令嬢は“銀花で主人公に協力し、悪役令嬢の悪事を暴く手助けをするキャラクターでした」
ふとマリーナがエナにだけ聞こえるようにそう囁く。
その言葉にエナはきょとんと目を丸くする。
「主人公の視点ではレスター様との仲を助けてくれる親切な方に見えましたが……少々我が強くて癖のあるような方でしたわ。と、言ってもわたくしは実際にお会いしたことがないので、実物が本当にそうかと言われると何とも言えないのですが……」
ヒソヒソと話を続けるマリーナにエナは「なるほど」と頷いた。
レオニスの話とも併せて考えると、トライウィール辺境伯令嬢はレオニスに惚れ込んでいるという。
だからこそマリーナの知る原作ではエナとレスターがくっつくように協力したのだろう。
けれどもこの世界ではマリーナとレスターは円満な関係。エナとレオニスは契約関係のまま不満もなく結婚した。
「……えっと、お客様はレオニス様にご用事がある感じ?」
「いえ……どうにも奥様にお話があるので御目通りをと……」
「何でや」
使用人の言葉にエナは思わずそう呟いた。
マリーナを振り返れば、彼女もまた渋い表情を浮かべている。
そもそもトライウィール辺境伯令嬢の訪問は先触れもないマナー違反だ。
いっそこのままお引き取り願って、レオニスに対応を丸投げするのがいいのかもしれない。
「ちょっと、まだですの!? たかが伯爵家の人間が一体いつまで私を待たせるつもりなのかしら!?」
と、思ったが、玄関ホールの方からキンキンと甲高い金切り声が響いて、エナは頭を抱えた。
「ーー……わかった、会います。サロンにお通しして」
「よろしいのですか……?」
「うん」
心配そうにする使用人にエナは頷き、それからマリーナに向き直った。
「マリーナさん、ごめん。ちょっと騒がしくする」
「いいえ、わたくしは構いませんわ。ただ……そこのあなた、男手だけは用意しておいていただけます? 万が一があってもいけませんから」
エナの言葉にマリーナがエナに代わってそう使用人に指示を出す。
その言葉に使用人はもっともだと頷いた。




