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 母親の墓前で身体中の水分を出したのではないかと思うほどに泣き喚いた後、エナはムーンランド子爵に連れられてベルトゥリー伯爵領の領都にあるカフェテリアに入った。


 そこでムーンランド子爵に母親の思い出を聞いた。

 彼にとってエミリアという女性は主君でもあったが、歳の離れた妹という存在にも近かったのだろうという印象を話の端々から伺えた。


 彼の中に息づくエミリアという女性はやっぱりエナにとっては全然知らない人であったし、家族としての感覚は薄れたままだ。


 でも聞けば聞くほどにエミリアについて知らない自分をほんのりと悔しく思ったし、自分よりも長く母と時間を育んだムーンランド子爵が羨ましくなった。


 そして、


「…………あの」


 ふとエナは母親の思い出を語るムーンランド子爵を遮る。


「……こういうことを、あなたに言うのは……いえ、多分そもそもこういう感情を抱くのは不謹慎かなって思うんですけれど」


 囁くように告げるエナの言葉をムーンランド子爵は黙って聞いてくれる。

 そんな彼にエナは小さく微笑みかけ、こう続けた。


「私、なんだか少し腹が立ってきちゃいました」

「腹が立った……?」

「はい。お母さんに……私を置いて、勝手に死んじゃって。私に全然何にも残してくれなかったんだもの」


 正確には全然、ではないけれど。彼女はエナに正当な血筋を、その血筋が受け継ぐものは残してくれたけれども。


 けれどもそれだけなのだ。

 前世の三十余年の記憶に追いやられるほどの幼く儚い思い出しか残してくれなかった母親は自分にとって結局知らない人だ。


「もっとちゃんと生きてほしかった……たくさん思い出が欲しかったな」

「エナお嬢様……」

「ごめんなさい、困らせましたよね。でも、その……こういう気持ち、今の私にとって悪いものじゃない、と思うんです。私、ずっと……うん、ずっとこういうことも考えられない状況だったんだろうな、って改めて思ったから」


 ベルトゥリー伯爵領に戻ってカントリーハウスに踏み入れた時から沸き上がった気持ちに戸惑いがあった。


 でも墓前で恥も外聞も投げ捨てて感情のままに泣き喚いてからゆっくりと染み入るように苦しいという感情が、悲しいという感情が自分のものだと思えるようになったのだ。

 鈴木恵那の記憶が蘇った頃から鈴木恵那と思い込んで生きてきた人格が、今ようやくエナ・ベルトゥリーを受け入れてこの世界に地に足を降ろした気分だ。


 痛ましげに自分を見つめるムーンランド子爵に微笑みかければ、彼もまた眉尻を下げた微笑みを返してくれた。


「カフェを出たら改めて領都の案内をお願いしてもいいですか? お母さんが治めていた場所がどういう場所だったか、知りたいんです」

「ええ、ええ、それはもちろん」


 エナの言葉にムーンランド子爵がひっそりと涙を拭って答える。


 彼の様子にエナは笑んで、ティーカップを持ち上げてカフェテラスの窓の外を見る。


 そこには賑わいを見せる領都の景色がある。

 王都の街並みに比べたら洗練されていない田舎ではあるのだろうが、それでも大通りの繁華街である景色は十分に賑わっている。


 と、ふとエナは窓の外に見慣れた人物の姿を見つけて思わず窓に額を当てるほどに近づいた。


「レオニス様」

「え? おや、本当ですね」


 大通りの向こう側。繁華街の商店の一件の前で足を止める背の高い男は間違いなくレオニスだ。

 彼は赤いレンガの可愛らしい玩具屋のショーウィンドウをじっと見つめたまま動かない。


 こちらに背を向けているからどんな表情をしているのかはわからない。


「声をかけに参りますか。お嬢様」

「え……あ、ええと」


 どうするべきか悩むエナにムーンランド子爵がそう声をかける。

 それにエナは戸惑いの声をあげ、それから首を横に振った。


 横目に窓の向こうのレオニスを伺えば、彼はその玩具屋に入っていくところだった。

 彼にはまるで似つかわしくない場所で、気にならないと言えば嘘になるが。


「ううん、いいんです。レオニス様にはレオニス様のお時間があると思うので」

「ですが……」


 レオニスが似合わない玩具屋に入っていったことがムーンランド子爵も気になるのだろう。

 気遣わしげにエナを見る彼にエナはただ微笑んだ。


「レオニス様、孤児院のことで色々と働いているみたいなんです。きっとその関係だと思うので、邪魔したら悪いなって思いますので」

「お嬢様がそう仰るなら」


 エナの言葉にムーンランド子爵はそう答えた。

 彼の返答にエナはほっと息をつき、それからもう一度玩具屋の方を振り返る。


 外からではレオニスが何をしているのか、何を買っているのかはまるでわからなかった。

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