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「俺は君に静養を言いつけたはずだが」
「ギャーンッ! 許してレオニス様! パッションには……パッションには抗えなくて!」
あれからしばらく時は経つ。
過労で倒れた彼女がすぐに死んでは困ると使用人にも細心の注意を払うように言いつけて、静養させた。
が、これがなかなかに骨が折れた。
彼女は寝ようとしない。
あんなに痩せさらばえて弱った体で「ネタが降りてきた!」と叫ぶとすぐさま机に向かおうとする。
それならばと彼女の部屋の机を撤去し、紙とペンを取り上げた。
そうすると今度は裁縫用具を手にして衣装を縫い始めた。
彼女が描くマンガの登場人物の衣装を縫い上げたのを見た時に、この女は馬鹿だと確信した。いや、前々からそうだと思ってはいたけれど。
無論、裁縫用具も取り上げた。
すると今度は使用人に買いに行かせた小説本等を読み出す始末。
暇つぶし程度なら問題はないのだが、もちろん彼女は没頭して夜更かしした。
使用人に本を与える時間は昼間に限定するように厳命した。
ここまで来ると寝ることにトラウマでもあるのではないかと疑い始めたが、特にそういうわけではないらしい。
彼女は単純に芸術家によくある寝食を忘れて創作に没頭するタイプの女というだけだった。
そう、寝食を忘れて。
この女は何かに没頭すると食事すらも忘れた。
初日にあたたかな食事を涙を流して食したほどだから、食事自体も嫌いではないだろう。
だがこの女は食がとても細かった。
生家で受けていた仕打ちのためだろう。
まともな食事にありつくことがままならない状況下で弱りきってしまった体には普通の食事すら負担だったのだ。
故にまずは食べやすい食事をきちんと摂り、きちんと体を休めて体の機能を取り戻すところから始めないといけないというのに、この女は腹が空いたというサインに倒れるまで気が付かないほどなのだ。
「君は死に急いでいるのか」
「そんなつもりはないんです! いくら私でも死にたくはないです。ない、はず……」
「なんだ、その歯切れの悪い返事は」
「え、いやぁ……」
レオニスの追求にエナは枯れ枝みたいな細い指先をモジモジと突き合わせながら視線をそらした。
「死にたくはないんですけど、こう、なんというか、ねっ?」
「その面でかわい子ぶるな。不気味でしかない」
「嫁入り前の娘になんてことを!」
「そう思うなら少しでも不健康を解消しろ。血色も良くない、骨と皮だけの病人じみた顔など見られたもんじゃない」
「ぐぉおお、正論が突き刺さる……!」
すでに嫁入りはしている。のツッコミはひとまず置いて、冷え冷えとした視線とともにズバリと言葉を突き立てれば、彼女は胸を押さえて呻いた。
病人みたいな面の割に、本当によく騒ぐ。
「……君の場合、静養でその状態は解消される。手遅れになる前に医者の言うことをよく聞いて回復に努めろ」
「うっす。返す言葉もありませんわ」
呆れるレオニスの言葉に彼女はヘコヘコと頭を下げる。
その彼女を胡乱に見つめていたレオニスは気まぐれのようにこう言った。
「そんなに眠れないというのなら、おまじないでもかけてやろうか」
「お……おまじない、ですか?」
「気休めだ」
そう言ってレオニスはメイドの運び入れたワゴンからティーポットを手に取る。
そうして手ずから茶を淹れて彼女に差し出した。
あたたかな湯気を立てる金緑色の茶を、エナはきょとんと見つめる。
「安眠効果のあるハーブティーだ。飲むとよく眠れる」
「ほ、ほぁあ……ありがとうございます」
そうしてエナはゆっくりとハーブティーに口をつけた。
こくり、とゆっくりあたたかなお茶を飲み干してホッと息を吐く。
「美味しいです」
そうしてにっこり笑んだエナをレオニスはただ無感情に眺めた後、彼女の手から空のティーカップを取り上げた。
その瞬間だ。エナの視界がぐらりと歪んだのは。
「………っ、れ、レオニス、さま」
暗くなる視界にエナが呻くように言う。
「もしや、一服、盛りましたね……」
「君が眠らないというのなら強制的に休ませるしかないだろう。次からも言いつけを守らない場合はこうして寝かしつけるからそのつもりで」
「お、ご……こ、この人、手段選ばねえぇ……」
ばたり。倒れ伏したエナを見下ろしたレオニスは手を叩いて使用人を呼び寄せる。
さて、これで憂いなく仕事ができるというものだ。




