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 夜も更けて真上に輝いていた月が少しだけ傾き、草木も眠る頃合い。


 ふとレオニスは目を覚ます。


 なんだか誰かが廊下に出た音が聞こえた気がしたのだ。

 人を起こさないようにひそやかな音ではあったのだが、それでも一度気がついてしまえば廊下を徘徊する気配がなんとなく気になってしまった。


 一度は無視して掛布を被って目を閉じたのだが、一度冴えてしまえばなかなか眠れずに結局レオニスは起き上がって小さな火を灯した燭台を手に廊下へと出た。


 廊下は暗く、ひっそりとしている。レオニスの部屋の前を通り過ぎていった気配は見当たらない。

 この暗い廊下を火も灯さずに歩けるものなのだろうか。


 怪訝に眉間にシワを寄せたレオニスはそのまま気配を探して歩き出す。

 そうして歩いていった気配を探して邸の中を歩き、ふとキッチンの扉が半開きになっていることに気がついた。


 そこを覗けば、月明かりの差し込む勝手口から重たげな水桶を運ぶエナの姿があった。


 どうやら井戸からわざわざ汲んできたらしい。

 喉が渇いたのだろうか。それなら使用人を起こせばいいものを。


 と、ますます眉間にシワを寄せた時、彼女が取り出したグラスを水桶に無造作に突っ込んだのを見て、つい口が出た。


「おい、生水を飲むな」

「ひゃっ」


 突然現れたレオニスに驚いたエナがグラスを水桶の中に取り落とす。


「ぉ、ぉぉぉ……レオニス様でしたか。び、ビックリした……」

「驚いたのはこちらだ。君はそこまで常識知らずか。腹を壊すぞ」


 エナが取り落としたグラスを取り上げ、レオニスが呆れた眼差しを向ける。

 レオニスの視線にエナはぱちくりと瞬いてレオニスを見上げる。

 そんな彼女の様子にレオニスは深くため息をつき、それからケトルに水を移す。


「生水は煮沸しろ。子供でも知っている常識だ。よくそれで生きてこれたな」

「い、いやー、前は貧弱すぎてつるべもなかなか持ち上げられなくて。井戸水汲んだの、実はこれが初めてなんですぅ」

「なるほどな。じゃあ覚えろ。生水は決してそのまま飲むな」

「はい」


 慣れた手つきでガス台に火を点け、ケトルでお湯を沸かす。

 それをエナが横から眺める。まるでレオニスのすることを見て覚えようとする子供のようだった。


「……レオニス様って、こういうこと普通にできる人なんですねえ……」

「前にも言ったが、俺は孤児だった。こういう仕事は年長者の仕事だったんだ」


 昔取った杵柄ともいうのだろうか。

 感心するエナにそう返しながら、レオニスは棚からティーポットと茶葉を取り出して沸かしたお湯で茶を入れる。


「ほら」


 ティーカップに注いだ茶をエナに差し出せば、彼女は「ありがとうございます」と告げ、おずおずとそのお茶を受け取る。

 エナがふうふうとティーカップに息を吹きかけて冷ましながら、ちびりちびりと茶をすする。


 その様子を見ながら、レオニスも自分にも注いだ茶を一口した。


 しばらく無言の時が降りる。

 互いに何も言わず、静かに茶をすする。


 なんだか少し落ち着かない気持ちになるようでいて、昔の孤児院時代に戻った懐かしいような奇妙な気分になる時間だった。

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