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「旦那様、お客様がお見えになっております」


 ベルトゥリー伯爵家のカントリーハウスに移ってから三日。

 執務室で筆を執っていたレオニスは呼びにきた使用人の声で筆を置いた。


 懐中時計を取り出して目を落とせば、ちょうどお昼を回った頃合い。

 予定通りの頃合いに客人の几帳面さが窺える。


「昼食の準備はできているか?」

「滞りなく」

「わかった、俺もすぐ向かう。エナにも客人を迎える準備をさせてくれ」


 レオニスは使用人にそう告げるとすぐに支度をし、客人を出迎えるべく玄関ホールへと向かう。


「ようこそいらっしゃいました。ムーンランド子爵、子爵夫人。式の時は挨拶のみで時間が取れずに申し訳ありませんでした」

「いえ、代わりにこうして時間をとっていただきましたから。感謝いたします、レオニス様。今日という日を楽しみにしておりました」


 レオニスが出迎えた客人は二人。穏やかそうな初老の夫妻だ。

 山高帽を被った紳士が帽子を外して礼をするのに倣って、彼の妻である淑女も頭を下げる。


「昼食の用意ができておりますので、どうぞこちらに。エナもすぐに参りますので」

「ええ、ありがとうございます。式の時に見たお嬢様が元気そうだった時もホッといたしましたが……ようやく対面で話ができると思うと嬉しく思います」


 そう言って微笑むムーンランド子爵は従伯父に当たる。

 長くエナの母親である前ベルトゥリー伯爵に真摯に仕え、ベルトゥリー伯爵領を浪費家の穀潰しに食い潰されないように守り抜いてきた代官が彼だ。

 レオニスにエナのことを知らせ、娶る機会を与えた男でもある。


 だからといって油断はならない。


 彼が仕えるのはベルトゥリー伯爵家であり、エナなのだ。

 ベルトゥリー伯爵家を、エナを害すると見做されればその瞬間にこの優秀な忠臣はレオニスにとって厚い壁となる。


 良い関係が築けるように心がけなければ、と改めて気を引き締める。


 ムーンランド子爵夫妻を食堂に案内し、二人に食前酒を勧める。

 そうしていると、


「ーー準備に手間取り、参るのが遅くなってすみません。今日はようこそお越しになりました」

「エナお嬢様」


 真新しい清楚なデイドレスに身を包んだエナがようやく現れた。

 彼女の登場にムーンランド子爵が席を立ち、深く一礼をする。


「結婚式に、そして本日の昼食会にお招きいただき感謝いたします。このローラン、お嬢様とお目にかかれる日を心待ちにしておりました」

「あ……えと、はい、こちらこそ」

「それから改めて謝罪を。お母上が、お嬢様が苦境に立たされている時に力及ばず助けることが叶わなくて申し訳ありませんでした」

「いえ、そんな」


 深々と頭を下げるムーンランド子爵にエナが戸惑いの声をあげる。


「……別にあなたのせいではありませんから。悪いのは父で……その、気にかけていただいただけでもありがたく存じます。何より不甲斐ない私に代わり、領地を守ってくださっていたと伺いました。私の方こそ、長く領地を任せきりにしてすみませんでした。ベルトゥリー伯爵領を、領民たちを守ってくださってありがとうございます」

「そんな、身に余るお言葉でございます、お嬢様」


 そうしてエナが深く頭を下げれば、ムーンランド子爵もより深く頭を下げる。


「そこら辺にいたしましょう。すでに前菜は用意できておりますので、食事をしながら楽しくお話をいたしませんか?」


 このまま放っておくと二人して頭を下げ続けるのではないかという雰囲気に、レオニスが空気を変えるようにそう提案する。


 レオニスがエナを呼ぶようにエナの椅子を引けば、エナは少しホッとした顔でそそくさとレオニスの元へとやってくる。


 エナが席につけば、やがて前菜が運ばれてくる。


「お嬢様の結婚式は本当に素晴らしいものでしたわ。王都には初めて行ったのだけれど、とても荘厳で素敵な教会があるのね。あんな場所で立派な式を挙げられて……本当に素敵でしたわ。エミリア様にも見せてさしあげたかった……」

「ああ、本当にな……お嬢様の晴れ姿はとても美しかった」


 ムーンランド子爵夫人の言葉にムーンランド子爵が頷く。


 その言葉の中に出てきたエミリアという名前にエナのカトラリーがカタリと音を立てる。

 その音にレオニスがエナへと横目を流すが、彼女は何事もなかったように前菜を口に運んでいる。


「王都は初めてとおっしゃられましたが、王城前の中央公園へは行かれましたか? ちょうど秋薔薇の時期で真っ赤なアーチが見どころだったのですが」


 レオニスはそれとなく話題をそらすように口を開く。


 それ以降はエミリアの名前は出ず、和やかな会話が続いた。

 エナも話題が振られれば穏やかに相槌を打ち、いつものようにレオニスに任せるように控えめに微笑んでいた。


 それでもなんとなく先ほど一瞬垣間見えた彼女の動揺は今も彼女の内側に巣食っているような気がした。

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