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「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」
ベルトゥリー伯爵家のカントリーハウスに辿り着き、新しくこちらで雇い管理を任せていた使用人に出迎えられる。
共に旅路を共にした使用人は荷物を運び入れ、荷解きを始めている。
「お部屋の準備は整ってございます。どうぞこちらに」
「エナ」
ベルトゥリー伯爵家のホールに入った途端、ぽかんと間抜けに口を開いて立ち尽くすエナにレオニスが声をかける。
と、エナはハッと我に返り、慌ててレオニスの後を追う。
「こちらが奥様のお部屋となります」
一階の女主人の部屋に通されたエナが部屋の中を覗き、それから恐る恐る足を踏み入れる。
使用人からの聞き取りで彼女が落ち着いた色合いを好んでいることを聞いていた。
そのために緑を基調とした伯爵に相応しい格調で調度品を揃えた。
ウィスタリア男爵邸で当てがわれた部屋に踏み入れたときは大はしゃぎをしていたのだが、今はどことなく警戒をあらわにする小動物といった様子だった。
「気に入らないなら使用人に申し付け、好きに内装を変えるといい。君個人に割り当てた予算内の中ならば好きにしていい」
「あ、はい」
エナにそう声をかければ、彼女はそれだけ返事をしてそれから廊下の扉とは別の扉に目をつけて首を傾いだ。
「あの、ここは?」
問いかけるエナに案内していた使用人は「失礼致します」と一声かけて、その扉を開く。
本来ならば夫婦の寝室に続くはずの扉ではあるのだが、その先に広がっている光景は寝室とは程遠いものだった。
「お……あ……」
エナがその先にあった光景に固まる。
大きな書物机。いくつか立ち並ぶトルソー。たくさんの織物と、大きな本棚。
そして、
「ミシン!!」
おっかなびっくりだったエナがようやく快哉の声を上げた。
「み、っみみみ、ミシンだーーーーーっ! レオニス様、あの、これ、あの……っ!」
「前に欲しいと言っただろう」
「あざます!! う、うわーーー、嬉しい。やった、コス衣装何縫おう……!」
ようやくはしゃいだエナの様子を横目に、レオニスは自分の部屋へと向かう。
そうして自分の部屋の寝室の確認をし、部屋着へと着替えてひと息をつく。
デーニッツ一家を追い出してから急拵えではあったが、リフォームを終えたベルトゥリー伯爵家のカントリーハウスは外観は変わらないものの内装は随分と変わったと思う。
ギラギラゴテゴテと成金趣味全開で見た目ばかり派手で悪趣味な調度品はすべて取っ払ってシンプルなものに統一し、ウィスタリア男爵邸に似た雰囲気を作り上げた。
そうしたのは単純にレオニスにとっても居心地の良い、慣れた空間がそれだったからだ。
「…… …………」
だがふとこのカントリーハウスに踏み入れた際のエナの奇妙な様子を思い返して、レオニスは考え込む。
エナにとっても前の趣味の悪い内装よりはウィスタリア男爵邸に似た内装の方が精神衛生上過ごしやすいのではないかと勝手に思っていたが、それでも記憶の中にある邸とあまりに違いすぎる内装は違和感を感じるものだったのだろうか。
家政を触らせるつもりはなかったが、それでも邸に長く留まるのはエナの方だ。
内装は彼女の好きに任せることも考えようか。
そこまで思考し、ふと自分が割とエナを気にかけていることを自覚した。
恋情、とは違うだろう。言葉にするなら親愛、友愛。そのあたりが妥当だろうか。
「まあ……長くを共に過ごす相手だからな」
何せ肩書き上のみとはいえ、妻なのだ。
悪い関係よりは良い関係である方が互いにとってもずっといいに決まっている。
「旦那様、お食事の準備ができております」
「ああ、今行く」
やがて使用人が呼びに来て、レオニスは思考を中断する。
エナのことはひとまず置こう。
今日のところはやることは何もないが、明日からまた忙しいのだから。




