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ゴトンゴトンと音を立てて列車が進む。
窓の外の景色があっという間に流れていく。
一等車両の部屋にはレオニスとエナのみがいる。
切符の都合上、世話役の侍女らの使用人は二等車両だ。
「俺たちの式に王弟殿下が招待しろといった理由はすでに察していると思うが」
ふとレオニスがそう切り出せば、エナがレオニスを見返した。
「王弟殿下と知り合った経緯はすでに君も知っての通り、この蒸気機関車の設立時だ。王国の端から端までを結ぶ事業には王家の協力が必要不可欠で、たかが平民が主導するよりは王族が主導した方が何かと都合がよかった」
そのためにレオニスの立てた事業計画は現実的に可能となった段階で形にできる貴族の手に委ねることになった。
それが巡り巡ってエルンストの目に留まり、彼の名前でこの蒸気機関車は現実のものとなった。
レオニスは計画者であるが、世間に出回る名前自体は出資者のひとりということになっている。
その辺りのことはさておいて、要するにエルンストはそんな事業計画を立てたレオニスを気に入ったのだ。
だから無茶を言って結婚式に来たがった。
「……君には王族がたかが伯爵と一代男爵の結婚式に立ち会うのは難があるから目立たないチェリーウェル伯爵の名で彼を招待したと言ったが、まあ、それは建前だと気づいているな」
「そこは、まあ」
怪訝そうにしたままのエナが頷く。
「実際の問題は王弟殿下の義妹にある。バルミューダ・トライウィール辺境伯令嬢。知っているか?」
「名前だけは……」
「まあ、そうだろうな。トライウィール辺境伯領の姫君、バルミューダ・トライウィール辺境伯令嬢はめったに領地から出ない。というよりは、王弟殿下を通じて辺境伯の後継者となる姉に押さえ込んでもらい、出さないようにしてもらっている」
「してもらっている?」
レオニスの言葉に引っかかったように首を傾ぐエナに、レオニスは少しためらいがちにこう口にした。
「……機関車事業を形にする際にトライウィール辺境伯領に訪れた際に彼女と出会って以来、妙に執着をされるようになってな。仕事にまで差し障りが出るようになったので、彼女とは極力関わらないようにしている」
「それはまた……強烈な方なんですねぇ……」
うんざりと告げるレオニスにエナが相槌を打つ。
「俺が王弟殿下と懇意にしている関係で、彼女が王弟殿下の出る式典に網を張っているものでな。俺の結婚を知られれば何かしらの妨害を打ってくる可能性があってな。滞りなく円滑に式を進めるために迂遠な方法で王弟殿下へ招待状を出したというわけだ」
「なるほど〜……モテる男の苦労ですね」
「まったく嬉しくもないことだがな」
実際、昨日の結婚式も危ういところではあった。
日程までは知られなかったようだが、商会の従業員を使ってウェディングドレスを破ろうとしたり飾りの発注書の破棄したりと妨害をされていた。
エルンストがカツラを被り似合わない眼鏡をかけて変装をしていたのだって彼女に隠れてレオニスの結婚式に参加するためだ。
こうまでして避けているのだからそろそろ脈がないことをわかってもらいたいものだが、祖父ーー前トライウィール辺境伯にデロデロに甘やかされて育ったお姫様は手に入れられないものがあるというのが悔しいのかまるで諦めてくれない。
「私との結婚はつまり虫除け的な?」
「それもある」
「それも」
「言っただろう、君との結婚はコネクションのためだ」
レオニスの言葉にエナがパチクリと目を瞬かせる。
「コネクションとは何も高位貴族との縁ばかりではない。俺が欲しいのはベルトゥリー伯爵領が所有する薬草園と取引する権利だ」
「薬草園……?」
「ベルトゥリー伯爵領の気候にだけ適応する希少な薬草を代々育てている場所でな。まあ、ほとんど伝統を伝えるためだけに存在した細々とやっている一農家なんだが、彼らが育てているのはベルトゥリー伯爵の財産だからな。取引にはどうしてもベルトゥリー伯爵か代官の許可がいる」
「はあ……なるほど?」
レオニスの説明にエナが曖昧に頷いた。
理解はしたが、いまいち納得はできていないようだ。
確かにそれだけなら結婚などという手段を取るよりも代官から許可を取るだけでよい。あるいは薬草園を買い取るという手段だってできる。
かつてエナの後見人だったデーニッツならば金にならない薬草園が金になると言うのなら喜んで手放しただろう。
だが、
「初めは俺も代官から許可を取るだけのつもりだった。だが彼と新規事業について詰めていくうち、ベルトゥリー伯爵家の内情と君の存在を聞かされた」
ベルトゥリー伯爵領の代官は前ベルトゥリー伯爵、つまりはエナの母親の従兄弟だ。
彼はエナの母親のことをよく気にかけ、その娘であるエナのことも気にしていた。
だがデーニッツはこの代官のことを伯爵の地位を脅かすものとして疎み、決してエナに会わせることはなかった。
デーニッツは薄々エナが代官に奪われれば自分の地位を脅かすのだと気づいていたのだろう。
だからエナを奪われる前に厄介払いしようと嫁入り先を躍起になって探していた。
レオニスはそこにつけ込み、デーニッツからベルトゥリー伯爵の後見人の座を掠め取ったのだ。
「君の代わりに領地の采配を振るえるのなら、新規事業に関する煩雑な許可取りが必要なくなる。君を虐待者から救えば代官もより協力的になる。領主の夫であれば、ただの外様よりも領内に受け入れられやすい。そういう意味で君の夫という立場は俺にとって魅力的でしかなかった」
「おお……! これが俗にいう“私との結婚は私の財産が目当てだったのね!”」
「まあ、そうとも言うか」
やっと腑に落ちたように言うエナにレオニスはそう返す。
まさしく絵に描いた政略結婚であるが、年頃の淑女であるはずのエナはエキサイトしている。
普通ならここはガッカリするところのような気もするが、元より彼女が普通でないことはすでに知っている。
「……君も恋愛というものが苦手か?」
どこかホッと安堵している様子もあるエナに、ふとそう問いかける。
するとエナがきょとんと目を丸くするので、レオニスはこう続ける。
「結婚式といい、仲睦まじい夫婦を演じる時といい、君はどうにもそういう状況になると体を竦ませるからな」
「…………単に男性免疫がないだけですが」
レオニスの問いにエナが死んだ魚のような目をした虚無顔で答える。
「こちとら前世三十余年男っ気一切なしの喪女で通してたんですよ。それが急にこんなイケメンの旦那に寄られて動揺するなは難しくありません? レオニス様、自分の顔がいい自覚あります? ちょっと迂闊に微笑んで軽く手を振ってみなさいよ、間違いなく人死に出るね。オレでなくちゃとっくに惚れてたね」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「自覚ある人の態度だ! クソッ、このイケメンたち悪いぞ……!」
エナが悔しそうに歯噛みする。
その様子がおかしくて、レオニスはひっそりと笑うのだった。




