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エナはそわそわと落ち着かない気持ちのまま、侍女にされるがまま身支度を整えられている。
窓辺から差し込む日差しは明るく快晴。本日のお日柄は最高と言っていい。
そんな状況も落ち着かない気持ちを加速させる。
レオニスと顔を合わせ、結婚という契約を結んでから半年あまり。ついにこの日を迎えてエナは吐きそうな気持ちを堪えながら侍女にされるがままになっていた。
式場のスタッフが緊張のあまりに真っ青な顔をしているエナを見かけて良い香りのする花を控え室に生けてくれたが、残念なことにまったく効果がない。
結婚式。
完成した純白のウェディングドレスにはマダム・クリスティンの店から届いてからすぐに寸法が変わっていないか確かめるために袖を通したが、その時とは緊張感がまるで違う。
今日が本番だ、と思うと胃の辺りがキュッと縮むのだ。
「入るぞ。準備の方はどうだ?」
と、控え室の扉がノックされてレオニスの声がした。
エナが答えるより先に侍女が応対し、彼を迎え入れる。
相変わらず彼は羨ましいほどに花婿衣装がよく似合うイケメンぶりだ。
「……そんな顔色で今日を凌げるのか? 式の最中に倒れたりしないだろうな?」
「努力しますぅ……」
呆れてねめつけるレオニスにエナは情けない声を返す。
せっかく美しくドレスアップしたというのに、仕草や言動ですべて台無しにするのは初めて参加した夜会の時と変わらない。
相変わらずのエナにレオニスはため息をつき、こう口を開く。
「何をそんなに緊張している? 夜会の時とやることは変わらない。君はただ俺の隣に立ち、愛想を振り撒くだけでいい。話すのは俺の役目だ」
「そうですけど……そうなんですけどぉ!」
レオニスの言葉にエナが吠える。
「色々こう、重なってるんですよ! ただでさえ自分の結婚式とかやるはずのなかったことが急に降ってかかって、さらにはその招待客に王弟殿下がいる! もう意味がわからない! レオニス様、本当に私と結婚する意味ある!? 上位貴族とコネクションがっつりできてるやん!!」
「なんだ、気づいたのか」
「気づくわーーー! 貴族名鑑読み込ませたのあんたやーーーーー!!」
さらりと告げるレオニスにエナが上半身を揺すって憤る。
きっと後ろを引きずるほど裾の長いウェディングドレスでなかったら地団駄も踏んでいただろう。
けれども世話役の侍女にすかさず「髪が乱れます」と制されて、エナは大人しくなる。視線は恨みがましげにレオニスへ向けたままだが。
「感心しているんだ。チェリーウェル伯爵は王弟殿下のいくつかある爵位のうち、最も目立たないものだからな」
おそらくこの爵位を王弟が持っていると知っているのはごく僅かだ。
彼女のように貴族名鑑を網羅するように読み込まなければ気付きようがない。
「その名前で王弟殿下呼びつけるレオニス様って一体何者」
「呼びつけたというよりは、向こうが呼べと言ったんだ。が、ただの伯爵と一代男爵の結婚式だぞ。王族が立ち会うのも難があるし、その他色々な事情もあってな」
「何その事情って」
「話せば長くなる。結婚式が終わって落ち着いたら話してやる」
そう答えれば、エナは憮然と唇を尖らせてレオニスを睨んだ。
が、その表情も長く続かず、彼女はまた緊張しきった強張った表情で視線を落とす。
まるでこの世の終わりを嘆くかのようだ。
「…………粗相して無礼打ちとか……ならんですよね……?」
「王弟殿下の命を狙うか、体目当てに迫ったりしなければそんな結果にはならん。目上のものに敬意を払って接する態度を心がけていれば命までは取られやしないさ」
「メウエノモノニ……ケイイヲハラッテ……」
レオニスの言葉にエナは視線を地面に落としたまま呟く。
ぶつぶつと呟くエナからは緊張が抜けないようで、レオニスはただ小さくため息をついた。




