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震える手でマダム・クリスティンの店の箱を開けば、中にはシルクの光沢の美しいドレスが入っている。
上品にややクリーム色がかった柔らかな色合いのオフホワイトのドレスは一目でわかるほどに高級品で、それだけお金をかけて作られた代物だとわかった。
それがまた癪に障る。
レオニスのお金を好き放題に使ってこれほど贅沢なドレスを仕立て上げるだなど、どこまでも図々しいのか。
キャシーは怒りのままにぎりりと歯軋りをし、ドレスを掴む。
「思い知れ、クソ女!」
そう怒鳴り、キャシーは隠し持っていたペーパーナイフでドレスを切り裂く。
繊細なドレスはビリィッと音を立てて破ける。
だがそれだけではキャシーの気は収まらず、ドレスをあの女に見立てて何度も何度もナイフを入れてズタボロにする。
晴れの日に着るウェディングドレスは見るも無惨な布切れと化し、キャシーはようやく溜飲を下げた。
結婚式の直近でウェディングドレスがこれほどズタボロになれば修復などできないし、結婚式は延期となるだろう。
あとは発注書を捨てたりしたように細々とした妨害工作で時間を奪いつつ、キャシーに話を持ちかけて来た男の主が上手くレオニスとエナの結婚を離婚へと導いてくれるのを待つだけ。
「そこで何をしているんだ、キャシーくん」
と、レオニスをあの女から救えるのだという達成感でにんまりと笑っていたキャシーは響いた声に凍りつく。
「あ、あの……本部長、私、レオニス様に言われた書類を持って来ただけで……」
「じゃあそのドレスは何だ? 何故ズタボロに切り裂いた」
「ち、違います! これは元からズタズタで……! わ、私じゃありません!」
「下手な言い訳をするな!」
慌てて否定するも商会本部長は声を荒げてキャシーの反論を封じた。
「それは私が商会長に頼まれてその箱にそのドレスを詰めたんだ。あの時は何故そんなことを頼まれたのかさっぱりわからなかったが……商会長はこうなることを予想してらしたのだな……」
「え……えっ………?」
頭を抱える商会本部長の言葉にキャシーは戸惑いの声を上げる。
何故ここでレオニスの名前が出てくるのか。
「商会長……申し訳ありません。彼女がこんな人間だったなんて……雇い入れた私の責任です」
「れ、レオニス様…………」
深々と頭を下げる商会本部長の後に続いて商会長室に入って来たレオニスの姿にキャシーは目を剥く。
結婚式場に向かったはずの彼がこの短時間で戻ってくるはずがないのに。
レオニスは冷徹な瞳でキャシーを見据える。
冷え冷えとした視線はまるで凍てつく雪に裸足で降り立ったような突き刺す痛みを伴うほどの冷たさがあった。
「あ、あの……わ、わたし……」
「弁明はいらない」
何とか言い訳を絞り出そうと口を開いて、けれどもそれはピシャリと冷たい声に遮られた。
「理由がどうあれ、主人の持ち物に手を出す愚か者を商会に置くことはできない。君は今この時から懲戒解雇とする。後は大人しく官憲に従うように」
告げられた言葉にヒュッと喉が鳴る。
レオニスが軽く顎をしゃくり、商会本部長にキャシーを連れて行くように指示する。
「待っ……お、お待ちください! ち、違うんです……! 私、私はただ……!」
彼に取り縋ろうとして商会本部長に止められる。
「レオニス様、待って、聞いて……! 私、あなたのために……!」
それでもなおレオニスに縋ろうともがくが、商会本部長がキャシーを羽交締めにしてそのまま引きずるようにして商会長室から連れ出す。
「レオニス様……! レオニス様、お願い、話を……!!」
キャシーが叫ぶ。
けれどもレオニスはもう二度とキャシーの方を見ることはなかった。




