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 夕食を終え、執務室に戻ったレオニスは執務室の机の上に一組のテディベアが置かれているのを目に留めた。

 まるまるとした愛らしいフォルムのミルクティー色のテディベアはそれぞれ新郎新婦の衣装を身に纏っている。


「ああ、これか」


 夕食の席でエナが言っていたのは。

 確かウェディングベア、と言っていたか。


 前世、親戚の結婚式でウエルカムボードの横に置かれていた新郎新婦を模したテディベアが可愛くて、自分の結婚式でも置きたかったことを思い出し、思い出したからには作りたくなって作ったのだと。


 既製品のテディベアに手作りのドレスとタキシードを着せているだけだが、裁縫が得意な彼女が作っているだけあってなかなかに凝っている。


 式の雰囲気に合わなければ着せ替え人形で遊ぶから使わなくていいとも言っていたが、これなら置いてもまったく問題はない。

 それに結婚式の準備はレオニスがひとりで進めているが、レオニスとエナ、二人のアピールのためのものだ。

 妻の要望に応え、反映させるのも大事だろう。


 式の飾りがウェディングベアに馴染むように少し変えようと、ウェディングベアをソファに置いて式場の飾りの配置を見直すべく机に向かう。


 黙々と作業を進めながら、レオニスはエナとの夕食でした話を思い出す。


 ウェディングベアのことだけではない。今日、商会を訪れた時にできた懸念点の確認もしたのだ。

 キャシー。彼女のことについてエナにそれとなく尋ねた。


 うちの従業員に粗相はなかったか、と問うレオニスにエナは「特には。皆さんには親切にしていただきました」と答えた。


 が、彼女のその言葉をまるまる鵜呑みにするほどレオニスは楽観していない。


 コンコン。


 と、ちょうどいいタイミングで執務室の扉がノックされた。


「入れ」

「失礼いたします」


 そうして執務室を訪れたのはエナの世話役の侍女だ。


「エナが商会を訪れた時のことを報告してくれ」

「はい」


 レオニスの端的な命令に侍女は一礼すると、その時のことを語り出した。


 受付。エナの要望に対して倉庫への案内。

 そこまでは何も問題はなかった。


 けれどもレオニスが感じた通り、レオニスがキャシーに呼ばれて席を外した後にそれは起こったという。


『あなた、奥様だからってレオニス様の手を煩わせるのは止めてくださらないかしら』


 と、レオニスの姿が見えなくなった後でキャシーはエナと面向かってそう告げたという。


『あの方はお忙しいの。あなたのワガママを聞く余裕なんて本当はないんですよ』

『あ、はい…ーー』

『口を慎みなさい』


 すみません、と反射的に返しそうになったエナを遮って侍女がそう言い返す。


『この方はベルトゥリー伯爵。あなたなど足元にも及ばない高貴な身分の方なのですよ。そのような口をきいてよいと思ってるのですか?』


 そう侍女が告げれば、キャシーは面倒くさそうな表情を浮かべ、それから謝罪もなしに立ち去った。


『……身分だけの女のくせに……』


 それだけを言い残して。

 侍女とキャシーのやり取りを側で聞いていたエナはただハラハラと落ち着きなくしていたらしい。


 侍女がそんなエナに貴族として平民に簡単に謝罪をするようなことはしては駄目だと説いたようだが、彼女にそれが響いたかは怪しい。


 と、ここまで報告を受けたレオニスは痛む頭を抱えた。


 いや、エナはいい。

 彼女は元からそういう性格の女であり、今まで貴族としての教育を受けてこれなかったのだ。

 貴族としての教育が始まったのはつい最近。だから貴族としての自覚がいまだに薄いのは致し方なく、その辺りをフォローするのがレオニスの役目であり、仕える侍女の役目である。


 問題はキャシーの方だ。

 彼女は平民であるにも関わらず、貴族であるエナに噛みついた。


 侍女がその自覚を促したものの響いた様子もない。


「……わかった。彼女のことについてはこちらで対処を考える。君はもう下がっていい」


 レオニスがそう告げれば、彼女は深々と一礼をして執務室を立ち去った。

 侍女が去り、レオニスは椅子に深くもたれて長くため息をついた。


「ああ……めんどくさい……」


 ぽろりとこぼれる本音が思ったよりも重たく響く。


 女性トラブル。

 前々からこの手のトラブルはよくあった。

 その度に面倒くさくて、レオニスは毎回頭を抱えた。


 そも、レオニスがベルトゥリー伯爵の爵位を金にあかせて買わずにわざわざエナを娶ったのもそういう事情もあった。

 妻の座さえ埋めておけば、少なくとも変にレオニスの恋人の座を狙う輩は表向きには大人しくなるだろうと。


 けれどもそんなことは一切なかった。

 まったくゼロになるとは思ってなかったが、それでも貴族相手に喧嘩を売るような輩はいないだろうと思っていたが、見込みが甘かった。


「エナを蹴落としたって何にもならないことがわからないのか……わからないんだろうな……」


 エナがたとえその座を空けようとレオニスは決して彼女を、その手の人種を振り返ることはない。


 なぜならレオニスにもたらされる利が一切ないからだ。そればかりか求められる分、不利益さえある。

 と、言うとその手の輩は恋愛とは損得ではないと返すが、レオニスからすれば結局は損得の話でしかない。


 相手にどれだけ時間を、金を、労力を、感情をかけ、何をリターンとして見るか。

 それは奉仕であったり、癒しであったり、あるいは生活の安定であったりと様々な形があるが、何かしらの価値を見出したからこそ、それを欲するからこそ対価を積むのだ。


 そしてレオニスはその手の輩ーー今回の場合はキャシーだーーに一切の価値を見出していない。


 そういう単純な話だ。

 なのだが、恋情に浮かされた輩は自分の見たいのようにしか物事を見ない。

 時に感情で動き、現実も常識も置いてけぼりにして暴走する。


 だから頭が痛い。

 何をしでかすのかがまるでわからないところが、本当に。


 レオニスは苛立ちを紛らわすように指先で机を叩きながら対処法を検討するが、現時点で大きな問題を起こしたわけでもない。考えうるどれもこれもがピタリと来るような解決法でなく、思考が次第に取り留めもなくバラバラになる。


 つと視線を背けた先でソファに座らせたウェディングベアが飛び込んできた。


 そういえばエナは自分にほとんど一切を求めたりはしてこない。

 最初の契約通りに素直に衣食住を受け取り、与えた中で好き勝手楽しく生きている。

 突拍子もないことを言ったりしでかしたりすることもあり、振る舞いは貴族淑女としては下の下であるのだろう。けれどもそれは許容範囲内のこと。


 そう考えると彼女という買い物は自分にとってとても良い買い物だったな、と思う。


 これがせっかく夫婦になったのだから、と感情を求められていたのなら、自分はこの邸に寄り付かずに彼女の存在を使用人任せにし忙しさにかまけて無視をしていたに違いない。


 そういえばエナがマリーナから聞いてきた話では、本来エナはレオニスに愛されずに悲嘆に暮れ、運命的に出会ったレスターに傾倒することになるーーというあらすじがあったのだったか。

 自分の存在はほとんど触られていなかったようだが、つまり“物語上のエナ”は愛することはないと告げただろう自分に感情を求めてしまい、放置されたのだろう。


「…………エナが今の“エナ”であることは、俺にとっても幸いか」


 取り留めもない思考の末、なんとなくそんなことを思った。

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