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 月日はまた飛ぶように過ぎる。


 商会の仕事。領主代理の仕事。結婚式の準備。

 息をつく暇もないほどに目まぐるしく仕事が積み重なり、それを淡々と捌く日々。


 ーーだったのだが。


「……何をしに来た、エナ」

「あ、レオニス様」


 あっけらかんとした締まりのない顔はここでは見ないはずの顔だ。


 いつもの世話役の侍女と商会の従業員を引き連れた彼女はエナだ。

 商会に戻れば、奥様がお見えになっていますと受付で言われたときは驚いた。


 彼女の居所を聞けば商品の布を積んだ倉庫だと言う。

 いつもは邸に引きこもり、必要なものがあれば御用聞きを呼んでいるくせにどういう風の吹き回しなのだろうか。


「実は緑の布が欲しくて」

「御用聞きに頼めばいいだろう」

「そうなんですけど、でもこう……緑って二百種類はあるんですよ! 私が欲しいのはこう青竹っぽい緑と青の中間色だけどちゃんと緑! みたいな……でも持ち込まれるものが毎回微妙に違くて。だから毎度毎度行って帰ってを繰り返させるのも申し訳ないから、在庫全部見せてもらおうと思って」

「…………それで、欲しい色の布はあったのか?」

「いえ、全然」


 芸術家特有の面倒くさいこだわりを感じて、ため息混じりに問えば、彼女はあっさり首を振る。


「こっちの布は色味薄くて軽過ぎるし、だからといってこっちの布は青が足りなくて、全然違うカラーになっちゃうし! うぉおおおお、ドンピシャがない! 何故! こんなにも緑はたくさんあるんだ!」


 人目を憚らず貴族淑女らしかぬ悲鳴を上げるエナに、初めてエナと会ったばかりだろう従業員が顔をしかめている。


 レオニスはそんな彼女へここはもういいと手振りだけで退室を促す。

 すると従業員は何度も心配そうにレオニスを振り返りながらも大人しく従って、本来の仕事へと帰っていく。


「……で? 君のお眼鏡に敵わないのはわかったが、一から発注したいとでも?」

「出来るなら。でもそれは難しいってさっき従業員の人に言われてしまって……だからもう布煮ようかなって」

「布を煮る……」

「なかったら作るしかないのが創作民というものですよ。なので今日のところは大鍋と染色剤買って帰ろうかなって」


 またこの女は貴族淑女らしかぬことをやらかそうとしている。

 けれどもこのことを彼女に言ったところで野暮というものだろう。


「あ! でもですね、こちらに伺わせてもらったことで大きな収穫あったんですよ!」

「ほう?」

「ミシン!」

「みしん?」

「自動縫製機のことでございます」


 エナの不可解な言葉を彼女の侍女が訳する。


 自動縫製機。

 レオニスの商会の伝手を頼って持ち込まれた試作の発明品をエナが見たのだろう。


「まさかミシンがこの世にあるなんて! あるなら早く言って欲しかった! レオニス様、あれ、一台うちにも融通していただけません!? 欲しい、超欲しい!」

「……わかった、手配はしてやる。式後にな」

「やったぁあああ!」


 両手を挙げて喜ぶエナにレオニスはため息をつく。

 自動縫製機を欲しがる女なんて職業夫人くらいなもので、貴族淑女が欲しがるなんて前代未聞だ。


「それで、他には?」

「え?」

「アクアヴァリー侯爵家主催の夜会に参加した時、利益を出した君に報酬を出すと言ったことを忘れたか? あれから君が何も言わないから、こちらで勝手に用意をするかと考えていたところだ」


 そう告げるとエナはピタリと動きを止めて固まった。

 レオニスがそんなエナを見返していると、彼女はやがてダラダラと冷や汗を流し始める。


「いや…………えっ、あれマジなお話……!? そんな、あの、全然、ミシンだけ。ミシン手配してもらえるだけで十分ですよ。大体ミシンだってお安いものじゃないでしょう?」

「さあ……あれは試作の品だからな。仕立て屋などで使い勝手を確かめて、まだまだ改良が重ねられる予定だ。値段はまだ決められるものではない」


 とはいえ、値段があまり高ければ普及はないだろう。

 人の手による繊細な縫い方ができないとなると、庶民に向けた大量生産品を作る工場に向けた代物になるはずだ。


 そう考えればあまり高い値段にはなるものではない。

 一カラットのダイヤを買うよりは遥かに安いはずだ。


「ーーだから、まだ他に欲しいものがあれば手配できるがどうする?」

「ぅ、ぐぉおおおお……っ!」


 改めて問えば、彼女は眉間にシワを寄せて難しい顔をした。

 そうして散々悩んだ後で、か細い声でこう告げる。


「………麦茶ぁ」


 その一言に今度はレオニスの方が眉間にシワを寄せるのだった。



 ・ ・ ・ ・ ・



「レオニス様」


 エナを連れて倉庫を出た時、エナを案内していた従業員ーーキャシーがレオニスを呼び止めた。


 普段は“商会長”と呼ぶのに、わざわざ名前を呼ばれたことに不自然さを感じてレオニスの眉間に自然とシワが寄る。

 けれどもレオニスの機微には気づかなかったキャシーは涼しい顔のままこう続ける。


「本部長が探していました。今度の本部移転の件で確認したいことがあると」

「…………わかった」


 それらしい理由でエナと引き離そうとしている意図には気がついた。

 けれども確かに本部移転の件で色々と商会がごたついているのも事実だ。レオニスが自ら確認しなければならないことも多数あるだろう。


 これ以上エナにかかりきりになるわけにはいかない。

 レオニスはエナに付けた世話役の侍女に目配せをすれば、彼女は目だけで頷いた。

 彼女に任せておけば問題はないだろう。


「エナ」

「はい」

「俺は仕事を片付けてくる。君は用が終わったのなら早く帰れ」

「はい」


 聞いているのかいないのか。どちらだとしても侍女が何とかするだろう。

 レオニスはそう考えて、自分の仕事に戻るべくその場を後にした。

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