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ガラガラとリストランテへ向かう馬車の中でスンスンと泣き声がする。
馬車の窓に頭を預け、魂の抜けたエナがボソボソと「金持ち怖い」「貴族やだ」と泣き言を漏らしている。
よほど本物のダイヤモンドをたくさん身につけたことが恐ろしかったらしい。
「ーー何をそんなに怖がるのやら」
「だって何かあっても私、弁償できないのですが!?」
ふと思ったことをぼそりと呟けばエナがギャン泣きで悲鳴を返してきた。
その泣き言に思わず失笑する。
「言うに事欠いて何を言うかと思えば、そんなことか」
「そんなことって何ですかー!? 私には死活問題ですよ!」
別にそんなことはないのだが。
頓着していないせいで気がついていないが、エナはベルトゥリー女伯爵。
無能なデーニッツ一家が領主代理として君臨していたとはいえ、領地経営の仕事を任されていたベルトゥリー伯爵家の代官はとても優秀だ。
一家の好き放題な散財をもギリギリのところでやりくりして賄い、自転車操業ではあったものの借金を返し続けて領地を切り売りすることなく守り抜いてきた。
そしてデーニッツ一家がいなくなった後、その収入はそっくりそのままエナの懐に入っている。
そればかりか彼女は今をときめくマンガ作家マリオンでもある。そちらの印税でも莫大な金額を稼いでいる。
それこそ先のアクセサリーのひとつやふたつを買い取ってもなおも余るはずだ。
そうでなくともエナの伴侶はこの自分。王国屈指の富を築いている資産家、レオニス・ウィスタリア。
あの程度のアクセサリーは自分にとって端金に過ぎない。
「レオニス様みたいな生粋のお金持ちにはわからないと思いますけれどね……!」
「生粋。そう見えるか」
「見えなかったらなんだと。レオニス様みたいなTHE お金持ち」
「これでも君と同じくらいの貧困を経験したことはあるんだがな」
そう告げれば、エナは怪訝に眉をひそめた。
それから何度もレオニスの頭から爪先まで眺めた後に、嘘だあと言わんばかりに露骨な表情を浮かべる。
「そう見えないのだとしたら、養父の教育の賜物なんだろう」
「養父……? レオニス様のお父様?」
「養父といっても、祖父と孫ほどに歳は離れていたがな」
エナが興味をそそられたようにレオニスを見つめる。
けれども踏み込んでいいのか思い悩んで言葉を探す素振りを見せたので、レオニスは自分から口にする。
「俺は元々貧しい孤児院出身でな。着るものも食うものも全然足りなかった。そんな経営状態だから、取り潰しの話が持ち上がってな。だが俺も兄弟たちも他に行く当てもない。だから手っ取り早く金を稼ぐために詐欺を働いた」
「詐欺」
「俺の住んでいた町には大商会があって、そこの商会長の縁者と騙って投資詐欺をな。とにかく名の通った大商会だったから一度縁者と信用させれば皆、面白いほどに引っかかって架空の事業に投資してきたよ。笑いが止まらないほどにな」
「お、おわぁ…………」
「まあ、それもその商会長に捕まるまでだったな。さすがにあの時は俺も死を覚悟した。けれどもな、商会長は何を思ったのか、本当に俺を縁者にしてなんとかその架空の事業を成功させろと宣ってきた。やり方はすべて叩き込んでやるからと」
話しながら、当時を思い返す。
商会長はスパルタだった。こんな男の名を騙るんじゃなかったと毎日後悔するほどに。
レオニスが騙った事業は相手を信じさせるために現実的な話も織り交ぜてはいたが、結局は架空のもの。それを現実に形にするには本当に苦労した。
それでもできなければ自分は賠償金を背負わされてどこぞの過酷な環境に売り飛ばされるだろうし、生まれ育った孤児院も商会長の手に落ちており、幼い弟妹も売り払われることになるかもしれなかった。
だからなんとか形にするためにも死に物狂いで商会長の指南に食らいつき、事業を形にするためにたくさんの書物を読み漁ったし、あちこちにも駆けずり回った。
「そ、それで……?」
「結論から言うと、形にはなったよ。その事業が認められて男爵位も叙勲された」
「それは……さすがですね。商会長さんも喜んだのでは?」
「さあ、どうかな。養父は結局形になるのを見届ける前に亡くなったからな。寄る年波には勝てなかったんだろう」
そう、養父は商売のイロハを人に叩き込むだけ叩き込んで、レオニスの吹いた騙りが現実になる前にひっそりと亡くなった。
彼が亡くなった後の商会は後継争いで揉めたが、彼の唯一の養子というカードを残されたレオニスが最終的に彼の商会を掌握し、架空の事業を現実にするという契約を遂に果たした。
結局、養父が何を思って自分を養子にしたのかはわからないままだったが。
と、ここまで語って、伺うようなエナの視線が刺さった。
そちらを振り返れば彼女は眉を八の字に下げて言葉を探すようにレオニスを見つめている。
「別に気を使う話題じゃない。俺について商会で聞けば、すぐに知れる話だ」
「いやー……でも、ほら、レオニス様も苦労されたんだなあ、と」
「人は大なり小なり苦労はしているだろう。俺が特別苦労したとは思わない」
「それを言っちゃうレオニス様、おいくつよ。人生何周目〜?」
「少なくとも君のように前世というものは記憶にないな」
エナの言葉にレオニスはそう返す。
窓の外を流れている景色が次第に緩やかになる。
もう間もなく目的地に着くのだろう。
「…………だから、まあ、君も慣れる。そのうちなんて事ない顔をしてダイヤでもなんでも身につけられるだろう」
「うわー、いやー、慣れたくないー」
そう話を締めれば、エナが頭を抱えた。
その泣き言にレオニスはただ苦笑した。




