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「奥様、お手紙が届いております」
「ありがとう」
世話役の侍女が持ってきた手紙にエナはそう答えて幾枚かの手紙を受け取った。
マリーナやアクアヴァリー侯爵夫人に誘われてお茶会に参加してから、その時に縁のあった令嬢たちと交流するようになった。その手紙だ。
「…… ……………」
その中でも圧倒的な存在感を放つ手紙がある。
まるでピチピチの服を着せられたマッチョ。何か少しでも衝撃があれば、その封蝋はシャツのボタンのようにパァンッと弾け飛び、ギチギチに詰まった中身をまろび出すのだろう。
それほどまでに分厚く、無理に封筒に詰められた手紙の差出人はマリーナ・リトルパイン伯爵令嬢のものだった。
茶会を終えた最近の彼女の手紙はずっとこう。
当初、このような手紙が届いた時は行き場のない公子×王子への萌え滾る思いを唯一の同志へと吐き出すものだった。
圧倒的熱量で綴られたそれはとても濃く、見ているだけでフフと微笑みがこぼれるようなものだった。
何故ならヲタクという生き物はヲタクの悲鳴が大層大好物だったので。
けれども最近はその内容が少しだけ変わってきている。
相変わらずビーとエルの話に関しても余念はなかったが、それとは別に彼女に悲鳴を上げさせる存在のことが綴られていた。
無論、レスターである。
レオニスとエナ。二人と面会して以降の彼は前にも増して積極的に、ストレートに迫っているらしい。
それがエナの助言のせいだと知ってから「ちょっと、どういうことなんですか!!?」と悲鳴を上げつつ、ラブコメな攻防を赤裸々に綴ってくれている。
こちらの話も読んでいてとても楽しい。人の恋バナとはかくも甘美なものなのか。
いや、マリーナのカチキレた文体がヲタクの悲鳴そのものだからなのか。
とにかくこちらもエナに肌艶の良い笑顔を浮かべさせる代物に他ならなかった。
が、それは読むのに時間がかかるので、今夜辺りに読むことにする。
エナは侍女から受け取った手紙を未読の文箱にしまうと、クローゼットに手をかけた。
「奥様」
慌てて侍女が飛んできて、嗜められるようにクローゼットから引き剥がされる。
いまだに洋服を選ぶ際に誰かに持ってきてもらうことに慣れないエナはテヘヘと罰が悪そうに笑うと、素直に彼女に従った。
「ーー本日はどの色のドレスになさいますか?」
「ええ、と……」
改めて侍女に問われ、エナは考え込む。
「…………いつもの軽い綿ワンピース……は、NG?」
「残念ながら。本日は旦那様が同行の元、マダム・クリスティンの店でウェディングドレスの仮縫いがあり、その後リストランテでディナーをし、オペラ観劇というスケジュールになっております」
「くそう、妻業! 仲良しアピールしんどっ! いや、しんどいのはドレス! キロ単位って冬物か!」
淡々とした侍女のスケジュールの読み上げにエナは叫び、それから深くため息をついた。
「できるだけ楽なドレスでお願いしますぅ……」
情けなくそう告げるエナに侍女は「心得ました」とお辞儀をし、クローゼットを開いた。
そうして着せられたのはパステルカラーの柔らかい色合いをした紫のドレスだ。
レースをふんだんに使い、襟の高いそのドレスは清楚にエナの体を包み、膨らむスカートのボリュームがコルセットを締めても凹凸の少ない体つきを誤魔化す。
愛らしくも淑女らしいドレスを纏ったエナは侍女に飾られるまま鏡の中の自分を見つめていた。
「さあ、できました」
「ありがとう」
自分が教えた化粧技術で美少女へと変貌させてくれた侍女に礼を言い、レオニスの元に向かう。
広間に辿り着けば、レオニスはすでに準備を終えて待っていた。
彼は普段も仕立ての良いシャツやコートを纏っているのだが、今日はフォーマルな装い故か一段と上質な装いだ。
服に合わせて普段は下ろしている前髪を後ろに撫でつけ、端正な顔立ちをはっきりと露わにしている。
彼のそういう姿は夜会で一度見たが、改めて彼は顔が良い部類の人間なのだなと思わされる。
レスターが御伽話の王子様のような麗しの美青年ならば、彼はキリッとしたイケメンタイプだ。
思わず顔の良さを拝んで、ふとレオニスがエナの気配に気がついたのかジロリと視線をこちらに向けた。
「お、お待たせしました」
レオニスの白々とした視線に拝んだポーズのままテヘヘと締まりなく笑えば、彼は小さなため息をつく。
「構わない。出発の時間には間に合っている」
そうして彼はエナの元に歩むと、軽く肘を突き出すようにしてエナが腕を取れるようにする。
エナは戸惑いがちに彼の腕に手を置けば、レオニスは短く「じゃあ行くぞ」と告げ、歩き出した。




