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「…………あの」


 と、レスターがため息混じりに吐いた言葉が聞こえたのだろう。エナが小さく挙手をしておずおずと声をかけてきた。


「多分ですけど、マリーナさんはそんなことでは愛想を尽かしたりしないと思いますよ」

「え?」


 どう考えても格好悪いところでしかないと思うのだが、エナは構わずこう続ける。


「マリーナさんからアクアヴァリー小侯爵のお話を伺ったことあるんですけど、その時の印象が……こう、絶対幸せにするわ! と意気込んでらっしゃったので。だから一生懸命やってるアクアヴァリー小侯爵様がから回ってもマリーナさんはニコニコ笑ってフォローに回ってるような気がする、と言いますか」

「幸せにする……ニコニコしながらフォロー……」


 エナの言葉にうっかり胸を抉られる。


 ずん、と落ち込めば、レスターの胸を知らずに抉ったエナがハワワと慌てた表情を浮かべた。

 だがそんなことを気遣う余裕もなく、レスターは落ち込んだまま項垂れる。


 そう。そんな気はしていたのだ。

 自分と同い年であるはずのマリーナは昔から大人びたところがあって、まるで姉のように自分のことを見守り、時には世話を焼いて、自分のことを導くようなこともした。


 いつも余裕たっぷりの彼女を前にすると、余裕のない自分がどうしようもなく焦るし、悔しい。


 好きなのは自分ばかりなのでは。いや、実際恋焦がれているのは自分ばかりだ。

 彼女を自分の方に振り向かせたい。同じように自分に焦がれてほしい。


 けれどもそう思えばそう思うほどに、余裕ある彼女との距離は遠くなるばかりのような気がして……ーー


「アオハルだあ……」


 悶々とした思考が口から出ているとは気づかず、ブツブツと独り言を呟きながら落ち込むレスターの様子にエナがボソリと呟く。


 レオニスはもう何も言わず侍女が用意したお茶をすするばかりだ。


「アクアヴァリー小侯爵」

「…………? はい」


 ふとエナに呼ばれ、レスターは落ちこんで俯かせていた顔を上げる。

 エナは栗色の瞳をまっすぐとレスターに向け、こう告げる。


「……マリーナさんを意識させたいとのことですが、その、ひとつ効果的かもしれないアプローチをお教えしましょうか?」

「え……? 本当か!?」


 エナの言葉にレスターが食いつく。


 レオニスがほんの少しピクリと眉を動かしたが、何も言わずに成り行きを見守る。

 エナは「あくまで効果的“かもしれない”なのですが」と前置きをしつつ、こう告げる。


「これは少女マンガ……女性向けの恋愛マンガでよくある手法なのですが、ちょっとそこの壁に立っ……いや、身長差的に座ってもらった方がいいかな。壁際に椅子出してもらっていい?」


 と、エナが何やら侍女に壁際に椅子を用意させる。

 そしてその椅子をレスターに座るように勧めた。


 レスターは訳がわからないなりにも指示に従い、その椅子に座る。

 と、エナがそのレスターの前に立った。


「それでは失礼いたします」


 そして、


「っーー!?」


 ドン、と顔の横に彼女が手をつく。

 上から覗き込まれるように顔が近づき、思わず心臓がどきりと跳ねた。


「好きだ」


 続けて真顔で真っ直ぐな言葉が跳ねた心臓がますますどきりとする。

 レスターは自分の顔がぱ、と赤くなったことも気がつかないまま息を潜めるようにして彼女の顔を見つめ続け、


「ーーはい。これが“壁ドン”です」

「えっ、あ……っ」


 体感的に数十秒にも感じられた数秒が過ぎ去って、あっけらかんと離れたエナにレスターはドッドッドッと鳴る胸を押さえて戸惑う。


「これをいかに照れずにやれるかが鍵ですね。急に良い顔が近づけばドキッとするし、そのドキドキを吊り橋効果で恋と錯覚させられればマリーナさんも意識すると思いますし」

「エナ」


 ニコニコ笑って語るエナをレオニスが遮る。

 穏やかな声音なのにどこか有無を言わさない圧があった。


「……レスター様、失礼いたしました。妻は少々人との距離感に疎いところがありまして」

「い、いえ」


 視線だけでエナに戻るように指示したレオニスは、レスターには変わらず丁寧に接する。


 レオニスに呼ばれたエナは少し罰が悪そうに頬を掻くと、こう口を開いた。


「まあ、これは小手先の技でしかないので、きちんと自分に向き合ってもらいたいとアクアヴァリー小侯爵のお気持ちを飾らず真っ直ぐストレートにお伝えした方が効果は抜群な気がしますね。他の人に妬いたことも、異性として意識してほしいってことも、支えられるばかりじゃなくてマリーナさんを支えて守りたいっていうことも全て」

「それは……」


 少しばかり男として恥ずかしい気がする。

 焦がれるばかり。振り向いて欲しいと余裕なくジタバタするしかできない自分を曝け出すなんて格好悪いばかりだろうに。


 彼女に告白することを考えて、モジモジするレスターにエナはさらに続ける。


「自分の気持ちを曝けるのって勇気がいることですけど、マリーナさんならアクアヴァリー小侯爵の気持ちを受け止めて、自分の気持ちを返してくれると思います。これから夫婦になるんだもの、これから先長く続く関係なら気持ちをきちんと言い合える関係のが気持ちいいと思いますよ。頑張って」

「夫婦……」


 エナにそうエールを送られて、レスターは口をつぐむ。

 それから目の前の夫婦を見つめる。


「…………お二人もそうなんですか?」


 ふとそう問いかければ、二人はお互いに顔を見合わせた。


「いや、我々は政略……」

「そうですね、我々も新婚なので関係を築いている最中なのですが……互いに飾らず、等身大のままでいられるような関係を心がけていますね」


 エナを遮ってレオニスが言う。

 エナはそのレオニスの言葉に「飾らず等身大……いや、そうだけど言い方……そゆとこマジで商人……」とボソボソ呟いたが、レスターの耳には幸い入らなかった。


 レスターはただ二人の言葉を自分に染み入らせるように押し黙り、それからやがてこう告げた。


「……そうなんですね。僕もマリーナと長く続く夫婦になれるように、素直になってみます」


 そうして、レスターは帰宅した。


 その後でレオニスとエナがこう会話していたことを彼は知らない。


「……で、彼をけしかけていたが、二人が上手く行くと思うのか? リトルパイン伯爵令嬢は男性キャラクター同士が恋愛をするという状況を妄想して興奮していただけなんだろう?」

「それはそれ。私の見立てではマリーナさんは典型的な喪女ヲタクなので男性免疫が著しく低いと見ました。よって押されれば落ちると思ってます。後はマリーナさんが腐ってるところを上手に隠せれば!」

「…………やっぱりうまくいかないんじゃないか?」

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