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 エナ・ベルトゥリーを妻として買い叩いてから十日が経った。


 彼女にはきちんと伯爵相当の待遇を用意した。


 何せ彼女がベルトゥリー女伯爵。

 金に目を眩ませた彼女の実父に支度金という端金を積んで、入婿という形でレオニスは後見人の座を買い取ったのだ。


 まあ、向こうはエナを嫁に出したつもりでいるのだろうが。

 契約書を読み込まなかった彼女の実父は平民の身分に追い落とされたことすら、今でも気づいていないだろう。

 きっと今は愛人や息子と共に目先の大金を使い込むことに忙しくしているに違いない。


 それはさておいて。

 エナ・ベルトゥリーである。

 婚約締結時に意気揚々と自身の衣食住の保証を盛り込んだ彼女は初日、レオニスが用意した待遇に目をカッと見開くほどに驚いて見せた。


「使用人がいる! 部屋が広い! 綺麗な家具もカーテンもある! ベッドがフカフカで、しかも天蓋付きだと……!? く、クローゼットに新品のドレスがある、アクセサリーもあるぅ! あれ、私なんだかお姫様みたい!?」

 自室を見た彼女は淑女とは程遠いはしゃぎっぷりで、幼児のようにあちこちを見て触って、その度に驚いていた。

 用意した部屋は伯爵令嬢の自室にしてはずいぶんと簡素であるにもかかわらず、だ。


「し、白パン……! スープに具が……味もついてる……! ひぁぁぁぁ魚のムニエルだぁああああ!」

 料理人の手間を省くために共にとった晩餐でも彼女はそう大騒ぎをした。

 よほど今までの食生活がひどかったのだろう。

 その日の無作法は大目に見ることにした。

 魚を切り分けて口に運ぶたびに「美味しい……うう、美味しいよぅ」と涙する姿に給仕をしたキッチンメイドがひっそりもらい泣きしていた。


「ひんっ……お金、こんなにいただけるなんて……ーーえっ、これが毎月いただける? うそ、待って待って待って、毎月これだけいただける? 本当に? こんな美味しい話あっていいの!?」

 お飾りとはいえ、女伯爵。そして自分の妻だ。

 見窄らしい格好はさせられないと割り当てた予算にも彼女は目を剥いてみせた。

 おっかなびっくり世話役の侍女に渡された金額の書かれた用紙に目を滑らせ、それから何度も侍女の顔と用紙を見比べたらしい。

 らしい、というのはその場面をレオニスは見ていないからだ。

 ただ、なんというか、想像だけは容易くついた。


 そんな大騒ぎをしていた彼女は最初の三日ほどは居心地が悪そうにその待遇を持て余していた。


 無理もない。今まで散々囚人のような扱いで虐げられていたのだ。

 恐縮するのが当たり前だ。

 その感性が彼女に備わっていたことに多少の驚きはあったが。


 だが四日目、彼女は思い切ったように使用人に「買い物がしたい」と申しつけ、レオニスの持つ商会の商人を呼びつけた。

 そうして割り当てられた予算で幾許かの文房具や裁縫用具を買い揃えた後、パタリと自室にこもるようになった。


 一体何をしているんだか。


 とはいえ、レオニスは彼女が何をしていようと干渉をするつもりはなかった。

 彼女はお飾りなのだ。こちらの邪魔をしないのであれば、自由は許すつもりだ。

 好きに出歩いて遊ぶのだって構わないし、恋人だって作ればいい。

 その延長で子供ができたのなら、それだって構いやしない。

 権利のことで話し合う必要はあろうが、元より自分たちは閨を共にする気はないのだから。


 そんなことよりもレオニスにはやらねばならないことがあった。

 今まで経営してきた事業を今までと同じように回して金を稼がねばならないし、彼女の義理弟の才能への投資だってしなくてはならない。


 それだけではなく今までエナの母であるベルトゥリー女伯爵が亡くなってから代官に一任して放置されていたベルトゥリー伯爵領のことだってレオニスの仕事になった。

 本来はエナの仕事になるのだが、家族に虐げられ教育を受けられなかった彼女には領地経営の知識などまるでないから仕方ない。


 それにベルトゥリー伯爵領を回すことは自分の持つ事業にとっても、自分が抱え込んでいる目的にとっても有利に働く。

 様々な問題が山積してはいたが、自分の身になるのだと思えば苦もなかった。


 そんな折のことだった。


「旦那様……大変申し上げにくいのですが、奥様がお倒れになられました」

「………………は?」


 悲痛な色を浮かべた家令がそう告げてきたのは。

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