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レオニスは小さくため息をつき、手にした書類をそのまま封筒に戻した。
書類の中身はデーニッツ、および彼の家族の裁判結果とベルトゥリー伯爵家に支払われる賠償金についての書類だ。
裁判の結果はおおよそ予想通り。
ウィスタリア男爵邸で行われたエナへの暴行。そして今までのベルトゥリー伯爵家の後継者への虐待。後見人の身分でありながらベルトゥリー伯爵家の財産を私物化して食い潰していたこと。
これらの罪によって、彼には鞭打ちという身体的な罰に加えて、高い賠償金が科せられて労役に服することになった。
後妻のロザリーと息子のマリオンも同じく。
ベルトゥリー伯爵領の引き継ぎの際に洗いざらいを調査した甲斐はあった。
おかげさまでベルトゥリー伯爵邸にあった彼らの資産もすべて差し押さえることができ、彼らに渡した支度金のすべてとは言わないがおおよそを回収した。
これで彼らについては方がついたと言えるだろう。
「商会長」
次の仕事に取りかかろうと新たな書類を手にした時、控えめなノックの後に商会長室の扉が開いた。
現れたのは小柄で可憐な女性。
レオニスの商会で事務として働いている従業員だ。
名前は確かキャシーだったか。
「あの、そろそろ休憩かと思ってお茶を淹れてきました。どうぞ」
「ああ」
彼女の言葉に短く頷き、視線だけでティーカップを置く場所を示す。
「あの……」
ティーカップを置いて立ち去ると思っていたキャシーがおずおずと話しかけてくる。
そのことを訝しげに見れば、彼女は躊躇いがちにこう口にした。
「差し出がましいようですが、奥様のことで……」
そう切り出した彼女に視線だけで話の続きを促す。
すると彼女はレオニスを気遣わしげに見つめながらもこう訴えた。
「あの、最近……奥様によくない噂が出ていること、ご存知ですか? なんでも男をお屋敷に引き込んでいるとか……商会長と結婚したっていうのに、ひどい話ですよね……」
憂うように唇を震わせるキャシーに、レオニスは軽く目を細める。
「商会長がいながら、愛人を囲って好き放題だなんて……きっと高位貴族の身分を笠に着ているんですよ。お金を出しているのは商会長なのに」
「ーー……それで?」
「え?」
「その話を聞かせて、どういうつもりだと聞いている」
「え、あ……いえ、その……私はただ商会長のことを心配して」
「それなら問題はない。俺と妻の問題だ。君が心配するようなことは何もない」
「で、でも……!」
「くどい」
必死に食い下がろうとするキャシーを一言で黙らせる。
「くだらないお喋りに興じる暇があるなら仕事に戻れ」
そう告げ、レオニスはもうキャシーに目もくれずに仕事の書類を手に取る。
キャシーはしばらくレオニスに何度か声をかけようと口を開いては、言葉を見つけることができずに口を閉じることを繰り返し、やがて、
「ーー……失礼しました」
そう告げ、逃げるように商会長室を後にする。
パタン、と扉が閉まる音を聞いて彼女が退室したことを確認したレオニスは仕事の書類を手にしたまま小さくため息をつく。
彼女の噂の話はレオニスも知っている。
元の噂の出所はウィスタリア男爵邸に御用聞きをしている従業員だ。
けれども彼の話はキャシーのしていた噂と少々質が違う。
御用聞きにウィスタリア男爵邸に伺ったら、見知らぬ美しい男がいて驚いた。
ウィスタリア男爵邸の侍女たちと和気藹々している彼の正体を聞けば、それがつい最近レオニスが娶ったベルトゥリー女伯爵でますます驚いた。
いつもと顔も姿も違うから全然わからなかったよー、という笑い話だ。
それを悪意を持って、ベルトゥリー女伯爵が邸に男を連れ込んでいるという噂に歪めているものが一部いるということも、レオニスは把握している。
その悪意を持って噂を歪めている一部のものの一人が先ほどのキャシーというわけだ。
高位貴族への妬み。レオニスの妻の座を射止めるための画策。彼女らの思惑はおそらくこんなところだろう。
今はまだ、ただの噂程度。そんな噂を聞かされたことでレオニスが揺らぐこともないし、元の噂も同時に出回っている故に影響は大きくないだろう。
抑えつけるよりはガス抜きだと思って様子見でいいだろう。
とレオニスは判断して、改めて仕事に没頭していった。




