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「うおおおお、レオニス様お待たせしてすみません〜っ」


 そう言ってバタバタと騒がしく談話室に現れたエナは約束のアフタヌーンティーの時間より三十分も遅れてやってきた。


 おそらく原稿になかなかキリがつかなかったのだろう。

 そこから侍女にデイドレスに着替えさせられ、さらに時間を食った。

 きっと夫になるものにみっともない姿を見せられないという侍女の気遣いだったのだろうが、すべてを行動で台無しにしていく彼女は本当に相変わらずだ。


「構わん。急に同席を言い出したのはこちらだ。原稿は捗っているか?」

「…………て、てへっ⭐︎」

「まだ白紙でございます」


 レオニスの問いに誤魔化すように笑うエナの代わりに彼女の世話役の侍女が淡々と答える。

 平坦な声音なのに呆れが多分に含まれているのを感じて、レオニスは半眼になってエナを見た。


 締切は確か二週間後のはずだ。


「締切三日前から本番なんですよぉ!」


 レオニスの視線にエナがぴえんと泣く。

 彼女の泣き言はともかく、なんだかんだ毎回きちっと締切までには原稿を仕上げてはくる。

 締切直前に寝食を疎かにするところは相変わらず困りものではあるが。


 だからこそ、このアフタヌーンティーのように彼女には無理矢理に休ませる時間を一日のスケジュールに組み込むように指示しているわけだがーーそれはさておいて。


「まあ、それはいい。君に手紙だ」

「私にお手紙?」


 原稿の話をしにきたわけではない。

 レオニスはリトルパイン伯爵令嬢からの手紙を彼女に渡す。


「実は何度かリトルパイン伯爵令嬢からの誘いを受け取っていた。だがまだ君ひとりで茶会に行かせるのが不安だったため、断っていたんだが……」


 レオニスはそうしてエナに手紙を読むように促す。

 エナは手紙を開き、手紙を読む。


 初めはフンフンと普通に手紙を読んでいたエナだったが、読み進めるうちに次第に顔がしかめられていく。


「…………わお」


 それはどういう反応なのか。

 手紙を読み終えたエナは短く声を漏らした後、考えるようにぎゅっと目をつぶった。

 少し見たくないものを見た顔にも見える。


 レオニスが無言のままエナの様子を観察していると、彼女はやがてげんなりとした顔で目を開けた。


「…………ええと、それで……そのう、レオニス様、私はこれをどうすればよいので?」

「君の好きにしていい。参加したいならその旨を連絡してやる。行きたくないならそれでも構わん」

「どっちでもいいんだ〜……うわぁ〜、悩む〜〜〜」


 レオニスの返答にエナは改めて何度も手紙を読み返す。

 そんなエナを見て、レオニスはふとこう口を開いた。


「それで、君はその“ニホン”という国を知っているのか?」

「ーー……………」


 問うとエナは難しい顔で押し黙った。


 多分、この反応は知っている反応だ。

 彼女は知らなければ、あっけらかんと「知らないです」と答えるだろう。


「…………あー、ええと、どこから話したら良いものやら。とりあえず“この話は頭のおかしい女の妄言に聞こえる話なのですが”と前置きさせていただくのですけれど」

「安心しろ。今更何を言ったところで、君は最初からずっと頭のおかしい女でしかない」

「レオニス様は相変わらず手厳しい! あー、えーっと、そうだなぁ〜……」


 そうしてエナは言葉を探すように悩んだ顔を見せ、思考をこねくり回しているのを表すように両手を彷徨わせ、やがてこう口を開いた。


「ナーロッパではお馴染みだけど、世界観的にはあんまり馴染みがない死生観のお話からするのですが」


 と、いう前置きからエナは入った。

 またよく知らない単語が入っているが、そこを追求すると長くなりそうなのでレオニスは無言で続きを促す。


「死後、人間を含めた生き物は別の命に生まれ変わるという考え方がありまして。例えば人間として生を終えた後、その魂は次に犬とか猫とか、あるいは鳥とか虫とか、はたまた別の人間に生まれ直す……という考え方なのですが、これを輪廻転生と言います。車輪が回るようにひとつの生を終えた後もまた次の生を迎え、それが延々に続くという死生観です」


 初めて聞く死生観だ。

 だがその死生観を聞いて、レオニスは「なるほど」と頷く。


「つまり君の持つマンガや裁縫、化粧の知識や技術は前の生で培ったものだと?」

「レオニス様、理解早っ!? 今の話でそこまで理解する!?」


 レオニスが問えば、彼女は目を剥いて驚いた。


 そこまで驚くほどのことだろうか。

 元々、実家に閉じ込められ、教育もなく奴隷のように虐げられていた彼女が持つにしては異常な能力の疑問への解と捉えただけだ。


 内容の荒唐無稽さだけを除けば、だが。


「いやまあ……まさしくその通りで。本当なら生まれ変わる際に記憶の引き継ぎはないはずなんですけど、輪廻転生はごくまれーに記憶のリセットがうまく行かなくて前回の生……これを前世って言うんですけど、その記憶が何かの拍子に蘇ったりすることがあって」


 エナの場合、それが起きたのは七つの時だった。

 実母が亡くなってすぐに実父デーニッツが愛人ロザリーとその連れ子マリオンを連れて帰ってきて、その際のショックで倒れた拍子に思い出したらしい。


「“日本”は前世の私が住んでいた国です」


 彼女はその国で事務仕事をこなす平々凡々な独身女性だった。

 結婚をすることなく、自由気ままに好きなことをして人生を謳歌してきたような女だった。


 彼女の住む“日本”は今レオニスたちが住むこの世界よりもかなり文明が進んでおり、女ひとりで暮らすのも特に支障がなかったらしい。

 まるで未来のような話、ではあるが、彼女が言うにはその国があるのはこの世界とは異なる世界だと言う。


「私のいた国で流行った物語に、異世界転生というジャンルがありまして」


 曰く、異世界転生とは死んだ後に元いた世界とは異なる世界に輪廻転生を果たすというものである。


 “日本”ではその手の話が大流行りしており、大抵は主人公が愛読していた小説やマンガ、ゲームーーゲームが何かはレオニスにはわからないがーーまあ、つまりは物語の世界に転生をするものだ。

 その手のジャンルは大体、転生チートと呼ばれる愛読していた物語の予知的な情報だったり、進んだ文明による先取り情報なり、あるいは神様から特殊能力を授かってその世界で無双するのがお決まりらしい。


 なるほど、確かにエナを見ていると異世界の情報とは侮れないものだと思う。


「……で、その君のいた“ニホン”とやらでは、この世界は物語として語られていたのか?」

「さあ、それがさっぱり」


 レオニスの問いにエナはあっさりと肩をすくめた。


「私の記憶には少なくともこの世界に関する情報が一切なくて。ドアマットヒロイン系も結構読み漁ったはずなんだけどなー。忘れてるのかなー」

「……なるほど。まあ、所詮は物語。そこまで沿うのもおかしな話だろう」


 仮に知っていたとしてもエナが今の“エナ”になった以上、物語そのものとして動くことはないはずだ。


「……さて、それでだ」


 レオニスは軽く顎をしゃくってエナが持つ手紙を示す。


「リトルパイン伯爵令嬢も君のいた国から輪廻転生してきたものだと?」

「“日本”って単語を知ってるならそうかなぁと。ドアマット系のセオリーだとこういうの、ヒロインと悪役令嬢の二人が転生者なんですよね。彼女はこの世界の舞台の話とか知ってるかな………あれ、リトルパイン伯爵令嬢の方が悪役令嬢でいいの? あ、これもしかして私がざまぁされる系の逆転断罪タイプの物語か???」


 目を皿のようにして手紙を読み、わけのわからない事をブツブツ言い出したエナにレオニスは肩をすくめて紅茶を口にする。


 そうしてやがて、エナはたっぷり時間をかけた後、「リトルパイン伯爵令嬢に会いに行きます」と結論を出した。

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