タイトル未定2025/12/06 11:15
【2025年12月24日 クリスマスイブ 東京・千代田区四番町】
夜8時47分。
結衣が玄関の鍵を閉めた瞬間、暖炉の炎がふっと高く揺れた。
「……ただいま」
「おかえり、結衣」
低くて、少し掠れた、でも優しい声。
クラマはいつも「結衣ちゃん」なんて甘ったるく呼ばない。
1902年以上、ずっと「結衣」と呼び捨てだ。
それが、結衣にとっては一番安心する響きだった。
結衣はコートを脱ぎながら、小走りでリビングへ。
白とピンクのエプロン姿で、鉄板を両手で抱えている。
「できたよ! 今年のクリスマスディナーはハート型お好み焼き二個!」
テーブルに置かれた鉄板。
マヨネーズで「くぅ~ちゃん♡」と「結衣♡」。
結衣は照れ臭そうに頬を染めて、暖炉の前に座り込んだ。
「……外、めっちゃ寒いね。イルミネーション、綺麗だった」
「見に行きたかったか?」
「ううん。くぅ~ちゃんがここにいてくれるなら、それでいい」
暖炉の炎が形を変える。
橙色の尾が一尾、結衣の腰にそっと巻きついた。
クラマ「結衣、来年もこうやって食えるか?」
結衣は一瞬、目を伏せた。
「……わからない。
でも、今日だけは……今日だけは、普通の女の子でいたい」
クラマの声が、少しだけ震える。
「結衣。お前はいつだって、俺の前じゃ普通の女の子だ」
結衣は涙をこらえきれず、ぽろぽろこぼしながら笑った。
「ほんと、クラマってば……優しいよね」
「バカ。お前が泣き虫すぎるだけだ」
尾がぎゅっと結衣を抱きしめる。
結衣は鉄板に手を伸ばし、
二人分のハートを半分こして、口に運んだ。
「……ん。おいしい」
「ああ。毎年、結衣の作るお好み焼きが一番うまい」
静かな四番町の夜。
外は雪がちらつき始めた。
結衣はふと、窓の外を見ながら呟いた。
「ねぇ、クラマ。もし……来年、私が世界を変えなきゃいけなくなったら……クラマは怒る?」
クラマは即答した。
「怒らねぇ。お前が決めたことなら、全部正しい」
結衣は涙を拭って、にっこり笑った。
「じゃあ……約束だよ。私が世界を変える日が来ても、クラマは私のそばにいてね」
「……ああ。どこにも行かねぇ。1902年経っても、2000年経っても、ずっとだ」
結衣は立ち上がって、暖炉の炎に自分の頬を寄せた。
「メリークリスマス、クラマ」
「おう。メリークリスマス、結衣」
炎が優しく二人を包む。
まだ誰も知らない。
この温かな火の灯る家にいる少女が、あと1年後に世界を焼き払う“神”になることを。
ただ今夜だけは、四番町の小さな洋館で、結衣はただの恋する女の子でいられた。
(続く)




