第3話 科学と魔法の推理
千絵美の言葉に、ユージンはわずかに眉をひそめた。
「どういうことだ?それはこの街にありふれている埃だ。鑑定するまでもない」
「いいえ。日本の科学捜査では、こんなに目が粗い埃はあり得ないの。それに、匂いが違う」
千絵美は指先の粉を鼻に近づける。ツンとくるような、化学薬品のような匂いだ。
この世界では「埃」と認識されているものが、千絵美の持つ現代の知識では全く別のものとして捉えられている。このギャップこそが、ユージンが彼女を召喚した理由であり、同時に二人の間に横たわる溝でもあった。
ユージンは、納得していない表情のまま、魔法で粉を小さなガラスの小瓶に移した。
「これを私の研究室に持ち帰ろう。君が言う『科学』とやらで、この粉の正体を突き止めてみせろ」
彼の言葉には、千絵美の能力を試すような響きがあった。
「わかったわ。でも、鑑定に必要な道具がない」
「必要なものは、私が魔法で作ろう」
ユージンはそう言うと、千絵美を連れて宝飾店を後にした。
──────
ユージンの研究室は、街の片隅にある古びた塔の中にあった。
中は、薬品の入ったフラスコや、見たこともない奇妙な装置で埋め尽くされている。ユージンは、部屋の隅にある作業台に粉の入った小瓶を置くと、千絵美に尋ねた。
「で、君が言う『科学捜査』には何が必要だ?」
「まず、顕微鏡。あと、この粉の成分を調べるための試薬が必要」
千絵美の言葉に、ユージンは目を閉じる。そして、彼の指先から放たれた光が、空中に瞬く間に顕微鏡の形を作り上げた。それは、千絵美が知る顕微鏡とは少し違うが、見事な造形だった。
「すごい……」
千絵美は、思わず声を漏らした。
ユージンは、何も言わずに次の道具、そして試薬を次々と魔法で生み出していく。
「ユージン、どうして私を召喚したの?…他にも、私よりも優秀な探偵はいたはずよ」
千絵美が意を決して尋ねると、ユージンは作業台から目を離さずに答えた。
「この世界では、魔法が万能だと思われている。そのため、人々は魔法に頼り、思考を放棄している。…君は、魔法では決して解けない『謎』を解くことができる。それが、君を呼んだ理由だ」
彼の言葉には、この世界に対する深い失望と、千絵美への期待が込められているように感じられた。
千絵美は黙って顕微鏡を覗き込んだ。すると、目の前に映し出されたのは、無数の小さな結晶だった。その形は、一般的な埃とは全く異なる。
「この粉は、宝石の成分を分解した粉末だわ。しかも、特定の薬品を混ぜないと結晶化しない」
千絵美は、ユージンが用意した試薬を使い、分析を続ける。
「この粉は…宝石泥棒が、宝石を分解して持ち運ぶために使った薬品よ」
千絵美の言葉に、ユージンの無表情だった顔に、初めて驚きが浮かんだ。
「魔法で宝石を分解することは可能だ。だが、この方法を使えば…」
「結界をすり抜けられる。泥棒は魔法で宝石を粉にして、結界を通過した後に元の宝石に戻したのよ」
ユージンは千絵美の推理を聞き、静かに頷いた。
「…君は、本当に面白いな。千絵美」
その日、ユージンが初めて千絵美の名前を呼んだ。
それは、彼が彼女を単なる「召喚者」から「千絵美」という一人の人間として認識し始めた、小さな、しかし決定的な瞬間だった。