俺の彼女に運命の人が現れた
「好きです、付き合ってください」
夏休みに入る前日、俺(今村 元)は女子バスケ部の同級生(前田 二菜)に告白をした。
「はい…よろしくお願いします」
震えた小さな声で返事をした後、彼女は目が合わないよう前髪を触りながら顔を下に向けた。
俺に人生で初めて彼女ができた。
夏休みに入るも、お互い同じバスケ部なこともあって、体育館で顔を合わせる機会が多かった。
以前は隣のコートでネットが張られていてもわざわざ話しかけに行っては、からかいあった…が、付き合った今では変に意識してしまい、お互いに目を合わせるのが精一杯だった。
部活が休みの日には思いつく限りの夏のイベントに参加した。
花火を見に行った時には初めて手を繋ぎ、夏祭りの日は俺のために浴衣まで着てくれた。
海やプールに行けば毎回違う水着姿を披露してくれる。
そんな幸せな夏休みも明日で終わりを迎えようとしていた。
―夏休み最終日―
俺たちは部活帰り学校近くのショッピングモールで遊んでいた。
「あ〜美味しかった〜ありがとね、クレープ買ってくれて」
「いいって、ちょうど俺も食べたかったし」
そう言うとニ菜は満足げに歩き出した。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか?」
ニ菜は口元に指を置き何か考えている様子だった。
「ねぇ、もう一箇所だけ行ってみたいところがあるんだけどいい?」
「いいけど、どこ行くの?」
「着いてきて」
そう言うと俺の手を引っ張った。
「じゃじゃ〜ん、ここでーす」
彼女の手に引かれて連れてこられた場所は小さなブースの占いコーナーだった。
手作り感満載の看板と壁には造花や動物のぬいぐるみがいくつも置いてあった―明らかに胡散臭い。
「ここでね、私の友達が彼氏と今後の運勢とか2人の相性とか占ってもらったんだって」
俺が乗り気でないことを察してか、軽くプレゼンを始める。
「ここの占いすごいよく当たるんだって、現に友達は彼氏といつどこで出会ったとかまで当てられたらしいよ」
正直どんな話をされても興味が湧かなかった。
すると話しても無駄だと感じたニ菜は俺の方をじっと見て無言で自分の顔の前で手を合わせ(お願い)と訴えてきた。
「え?まじ?」
俺がそう言うとニ菜は口を尖らせ拗ねた表情をする。
「わかったよ」
「やった」
するとニ菜はまた俺の手を引っ張った。
中に入ると大きな円卓とその上には水晶玉があった。
円卓の向かいに黒いマントを羽織った女性が座っていた―正直見た目は占い師というよりコスプレした魔女のようだった。
「よろしくお願いしまーす」
ニ菜は彼女の外見をすでに知っていたのか、全く驚いていない。
「いらっしゃい…学生は1人2000円ね」
「げっ、結構するんだな」
そう言うとニ菜は俺の方を向き目を細め小声で注意してきた。
「ちょっと、やめて」
すると占い師がうっすら笑う。
「大丈夫よ、学生さんにとって2000円は大きいものね…高いと思うのは当然よ、ささ座って」
俺たちは言われるがまま案内された椅子に座った。
「それで今日は何を占いたいの?」
占い師が席につくとタロットカードのようなものを出しては軽くシャッフルし始めた。
「えっと、2人の将来とか相性を占って欲しいんです」
すると占い師はニコッと笑い、カードを置いた。
「それならこれで十分ね」
そう言うと水晶玉に手を置き目をつぶった。
30秒ほど沈黙が流れ、俺たちも静かにその様子を見守った。
急に占い師の眉間にシワが寄る。
「ごめんなさい…2人とも少し嫌な思いをするかもしれないけど大丈夫かしら?」
俺はニ菜の方を向いて大丈夫かと無言で尋ねると、ニ菜も(うんうん)と首を縦に振った。
「大丈夫…です」
占い師も話していいのか、迷っているように見えた。
「今、見えたのはね…彼女さんあなたの…その…」
占い師の口調が変わり緊張感が漂よう。
ニ菜も少し心配しているようだった。
「あなたに……そのこれから、運命の人が現れるわ」
「はぁー!」
俺は大きく声をあげてしまった。
占い師は咄嗟に俺を見るもすぐに彼女の方を向き話を続けた。
「学校に新しく生徒が入ってくるみたい…その人があなたの運命の人」
「え、なんですか?それ?」
ニ菜も困惑しているようだった。
「彼はあなたと一緒になる運命の人…水晶玉にはそう映っていたわ」
ニ菜は俺の方を向き眉をひそめ、困った顔をしていた。
「えっと、隣にいる彼ではなくて…?」
「えぇ、残念ながら…」
しばらく重たい沈黙が流れる。
「今日のお支払いは無しでいいわ、高校生にこんなことを言ってしまうなんて…私も馬鹿だったわ」
この空気に耐えられなくなった俺は無言で店を飛び出した。
彼女も急いで追いかけてくる。
「ごめんね…はじめ」
何を言っていいのか言葉が出ない。
「あ、あんなのただの占いよ…当たるわけないわ」
ニ菜は必死でさっきの話をなかったことにしようとする。
「まず私、運命の人とかそういうの信じないから…」
「じゃあなんで占いになんて行こうって言うんだよ」
「そ、それは単純に楽しいものだって聞いてて」
ニ菜の顔がどんどん引きつっていく。
「彼女の占いはよく当たるんだろ?」
俺は少し喧嘩腰に言ってしまった。
「そんなこと…」
それから俺たちはショッピングモールを出るまで、殆ど話をしなかった。
ショッピンモールを出たすぐのところでニ菜が急に俺の袖を引っ張り、人気のない道に連れ出した。
「聞いて私…」
またさっきの話をされるのかと、俺は下を向き、目をつぶりながらため息をついた―すると突然唇に柔らかい感触を感じた。
驚いて目を開けると、目の前にニ菜の顔があった。
ニ菜もすぐに離れ、顔に吐息があたる。
一瞬目が合うも、ニ菜はすぐに後ろを向いてしまった。
「これが私の今の気持ち…その…もし、本当に運命の人が現れても…そんな人、気にならないくらい私…はじめのことが、だ、大好きだから…その絶対に心配しないで…」
後ろ向きでどんな表情をしているのかは分からなかったが…髪の隙間から見える彼女の耳はとても赤くなっていた。
俺は今日初めて彼女とキスをした。
―新学期―
体育館での校長先生の話も終わり、俺たちは教室に戻ろうとしていた。
「なぁお前らさ昨日あそこのショッピングモールにいただろ?」
周りに聞こえないよう小さな声で友人(友哉)が話しかけてきた。
「え、なんで知ってるんだよ」
「いや〜実はさ昨日俺らも部活帰りにショッピングモール寄ってたのよ、そしたらさ君たちラブラブカップルを見つけちまって…最後のあれ、見ちゃった」
自分の顔が熱くなるのを感じた。
「おまっ、まじか…全部見てたのか?」
「ごめんよ、たまたま目撃しちゃって」
全く悪びれていない。
「まじかよ…最悪だ…」
「お前なぁ〜彼女からキスさせるなんて度胸なさすぎないか?」
「うるっせ!いいだろ別に、どっちからしようと…つか絶対誰にも言うなよ?」
「言わねーよ…でもさ、お前らショッピングモール出るまでちょっと雰囲気悪かったよな?」
「おい、お前どっから俺らのことストーキングしてたんだ?」
「あの占いコーナー出た後くらいからだな…君たちあそこでなんかあったの?」
「あぁ、実はさ…」
昨日の占い師に言われたことを友哉にも教えた。
「うわっそれはきついな…でもお前運命の人とかって信じるタイプだっけ?」
「いや別に信じてるわけじゃねーけど…」
「だったらいいじゃん、そんな話忘れろよ」
そう言うと俺の肩に肘を置き笑い始めた。
「そうだな」
なぜだか友哉に話しただけで少し気が楽になった。
教室に着くなり、先生が生徒をすぐに座らせた。
「はい、じゃあ新学期も始まりましたが、色々と資料を渡す前にお前たちに紹介したい人がいる」
俺は嫌な予感がした。
「入れ」
その言葉と同時に扉が開いた―すると廊下から1人の男子が入ってきた。
身長は180センチないくらいだろうか、長身で整った顔の中性的な見た目をしていた。
「はい、じゃあ自己紹介して」
クラスの女子がザワザワし始める。
「初めまして、今日から転入してきました、風間 玲次です、よろしくお願いします」
俺は咄嗟にニ菜の方を向いた。
ニ菜も彼を見て驚いている様子だった。
(嘘だろ…)
前の席にいた友哉が、振り返る。
「なぁ…あれって」
嫌な予感が的中した…そう…占い師が言っていた(運命の人)が現れてしまったのだ。
「はい、じゃあ君の席は…前田の後ろでいいか…あそこに座ってくれ」
窓際の一番後ろの席―そう…よりにもよってニ菜の真後ろに座ることになった。
風間は席に着くなり、すぐにニ菜に声をかけた。
「前田さんだっけ?よろしくね」
「う、うん、よろしく」
ニ菜は俺が見ていることに気づいてか、少しそっけない対応をしているように見えた。
すると先生がプリントを確認しながら話し始める。
「あ、やばいな…プリント一部忘れた」
そう言うと先生は教室を見渡した。
「ん〜ちょうどいいか…前田悪いんだけど、プリント職員室に取りに行ってくれないか…でついでに風間も連れて、色々案内してやってくれ」
(これはやばい)
俺はすぐに友哉の肩を叩き小さな声で話しかけた。
「頼む友哉」
友哉はすぐに俺の言葉を汲み取ってくれた。
「後でジュース奢れよ」
そう言うと友哉はすぐに手を挙げ先生を呼んだ。
「先生、良ければ俺行きますよ?」
先生は一瞬悩んだ。
「いや、お前は授業を抜け出して戻ってこなかった前科があるからな…やっぱり前田、2人で行ってきてくれ」
残念ながら今回の運命は避けられないようだった。
―昼休み―
「なぁ、はじめ…悪かったなさっきは役に立たなくて」
「いや、別にいいよ」
「それにしても驚いたよ…転校生本当に来ちゃうなんて…俺鳥肌立っちゃったよ」
「あぁ気味が悪いよな」
「でもお前運命とか全然信じてないんだろ?」
「あぁ、でも長身のイケメンがニ菜と仲良くなりそうなら話も変わってくるよ」
「確かになぁ、運命とかって話関係なく、自分の彼女があんなのと仲良くしてたら、誰だって嫉妬するわな……いや〜まじでお前に同情するわ」
「お前、内心面白がってんだろ?」
「バレた?」
友哉は笑いながら、風間の方を向く。
「なぁ先に風間君に話しといたほうがいいんじゃねーの?前田さんと付き合ってるって」
俺はこの提案に驚いた。
「手を出すなって警告するってこと?」
「いや、そこまで言わなくていいよ、ただ付き合ってるってことを言えば…風間君だって2人に気を遣ってくれるでしょ」
そう言うと友哉はすかさず右手をあげ、風間に声をかけた。
「おーい、風間君!一緒に弁当食おうぜ」
「げっお前まじかよ」
小声で友哉が囁いてくる。
「敵は近くに置けって言うだろ?」
風間が笑顔でこちらに向かってきた。
「ありがとう、声かけてくれて」
「いや、いいって!1人で弁当食うのも辛いっしょ」
風間は俺の近くの椅子に手をかけた。
「ここいい?」
「あ、うん、どうぞどうぞ」
風間はニコッと微笑み俺の隣に座った。
すると友哉が自分の顔を指差す。
「俺は友哉でこいつは、はじめ、よろしく」
「よろしくね、僕の自己紹介はもういいよね?さっきもしちゃったし」
友哉は何のためらいもせず、前の学校のことを聞き始めた。
「前は何部に入ってたの?」
「バスケ部だよ」
「え、まじで?俺らもバスケ部なんだよ」
「本当に?いや、ラッキーだなバスケ部の人に弁当誘ってもらえて」
すると近くにいた女子が話に入ってくる。
「風間君バスケしてたんだ!身長も高いし、すごく上手そう」
風間は頭に手を置き照れ笑いしながら答えた。
「いや、そんなことないよ…身長高いから期待されがちだけど、全然普通だよ」
他の女子も話に入ろうと俺らの近くに集まってくる。
「すごい人気だな…ほら見ろよ、廊下まで他クラスのギャラリー集まってきてるぜ」
「流石にもうこんなに人いるし、今日は付き合ってること話せそうにないな…」
そう小声で言うと、友哉も首を縦に振った。
「また後日にするか」
―放課後―
風間はバスケ部の見学に来ていた。
昼休みに女子が風間のことを根掘り葉掘り聞いてくれたおかげで、分かったことがあった―それは前の学校にはバスケの推薦で入ったこと、そしてその学校は誰もが知るバスケ強豪校だったことを。
それを知っていた監督も風間が体育館に着くなり、すぐ練習に参加させた。
「今日はその体操着でいいから、少し練習に参加してみろ」
そう言うと監督は先輩の練習試合に風間を入れた。
体操着姿の1年生が2年生の練習に混ざる。
そんな異様な光景に体育館内のほぼ全員がその試合に注目していた。
風間はその身長と体操着のおかげで試合中も、かなり目立っていた。
その上プレーも先輩達に劣らないレベルだった。
風間がシュートを決めるたび、周りの女子が騒ぎだす。
俺はふと女バスの方を見た。
するとニ菜も友達とその試合を見ながら盛り上がっていた。
ニ菜は俺が見ていることに気づいてすぐに試合から目を逸らす。
俺は女バスのコート側に歩いて行きニ菜に話しかけた。
「今のところ占い師の予言通りなんだけど…」
「もうその話は忘れようって昨日電話でも話したでしょ、それに…」
ニ菜の頬が赤くなっていく。
「行動でも…伝えたつもりだよ…心配ないって…」
「そう…だったね」
ニ菜の言葉は嬉しかった…それでも俺の不安が拭いきれることはなかった。
―1週間後―
風間はすぐに人気者となった。
風間と一緒にいれば女子が寄ってくる―そんな状況を利用して近づいてくる男まで現れる始末だった。
おかげで初日以降俺らが一緒に弁当を食べることもなくなった。
「いや〜全然風間君と話せないな」
「たった1週間で相当人気者になっちまったもんな」
昼休み―俺と友哉は机に膝をついて気だるそうに話をしていた。
「結局、付き合ってること話せてないままだもんな〜」
「あぁ、そうだな」
占い師の言った通り運命なのか…この1週間、学校でニ菜と風間は意図せず自然と2人きりになってしまうことが多かった。
たまたまスーパーで出くわしたなんて話をニ菜から聞くこともあった。
偶然なんだと自分に言い聞かせるも、どうしても占い師の言葉が自分の頭をよぎる―運命の人と…
最近はニ菜のことを考えるたび胸が締め付けられるような痛みを感じていた。
「おい、はじめ?はじめ?聞いてんのか?」
「ん、あぁわりぃ、何だっけ?」
「だから…この前も俺、風間君と前田さんが2人で一緒にいるところ見たって話だよ」
「またか…」
呆れるのと同時に怒りが湧き上がる。
「あぁ、2人で荷物持ちながら歩いてたぞ、職員室の前の廊下を」
(なんでいつもあいつなんだ…他の男子なら一緒に歩いていても何とも思わないのに)
「最近お前ら一緒にいるところあんまり見ないけど、大丈夫か?連絡とかちゃんととってんの?」
「ん、連絡か…そういえば学校始まってから毎日はとらなくなったな…」
「そうか…まぁでも少しは話せてるんだな…ちなみに風間君の話とかもしたりするの?」
「ほとんどしないな…俺が嫌がるのは分かってるし、向こうは何もないよの一点張りだし」
空気が一瞬重くなる。
「そうなんだ…あ、そうだ知ってるか…最近は風間君と前田が一緒にいることが多いから、それ見てカップルだと思い込んで、風間君を諦めるやつまで出てきてるらしいぞ…その逆もまたしかりで」
「おい、やめろよこれ以上俺をナイーブにさせんの」
こんな話、友哉の冗談だって分かっていた―それでもまた胸が苦しくなる。
「そういえばさ、今も2人いないよな…」
俺はすぐに教室を見渡したが、確かに2人の姿は見つけられなかった。
(いつもならニ菜はこの時間、教室で友達と話してることが多いのに…)
俺は少し嫌な予感がした。
「ちょっと俺ニ菜探してみるわ」
そう言うと教室を飛び出した―面白がって友哉もついてくる。
ニ菜がよく行きそうな場所は一通り探したが見つからなかった。
ちょうど職員室の前の廊下を歩いていると、友哉が声をかけてきた。
「なぁ、前田さん全然いなくね?」
「あぁ、いないな」
もう諦めようとふと窓を見ると、外にはニ菜と風間がいた―2人っきりで…
友哉もすぐに気づいたようだ。
俺はすぐに階段を降り走って外に出た。
2人の前に出ようとするも、友哉に止められる。
「やめとけって、まだ何を話してるかもわかんねーんだから」
2人に気づかれないよう、俺たちは校舎の影に隠れながら小声で話し始めた。
「あんなの誰がどう見たって告白だろ?」
「そうとは限らないだろ…ちょっと落ち着けって」
「分かった…よ」
友哉は俺の腕を掴んで離さなかった。
2人の様子を眺めていると、急にニ菜が下を向き前髪を触り始めた―その瞬間自分が告白した時のことを思い出した。
(はい、よろしくお願いします)
俺は胸をギュッと握られるような痛みを感じた。
もう怒りの気持ちを抑えることは出来なかった。
俺は友哉の手を払いのけ2人の元へ走って行った。
「おい、はじめ!」
友哉も追いかけてくる―ニ菜がこちらに気づくと、すぐに風間も振り返り俺と目が合う。
気づくと俺は―風間を殴っていた。
倒れ込む風間を俺は馬乗りになって、さらに殴ろうとしたが、友哉に止められその場の喧嘩はすぐに収まった。
顔を手で抑え、うずくまった風間を助けるためニ菜もすぐにしゃがんだ。
風間を介抱するニ菜の手は少し震えていた。
風間は自分が怪我したことを先生や両親にも話さなかったらしい。
それでも職員室の真下で起きた事件ということもあり、一部始終を見ていた先生は少なくなかった。
俺はすぐに停学処分をくらった。
―停学後―
周りの生徒には俺が何をして停学になったかは知られていなかった。
どうやら、ニ菜も風間も友哉もこの件を誰にも話さなかったらしい。
停学中、ニ菜から連絡はほとんどなかった。
久しぶりに学校へ来てもニ菜は話をしてくれるどころか、目すら合わせてくれなかった。
風間もニ菜と話さないよう距離を置いているのが分かった。
放課後、教室を出たニ菜を俺はすぐに追いかけた。
人気のない廊下に着くと風間が後ろから声をかけてきた。
「聞いたよ、2人が付き合ってること」
俺はすぐに振り返った。
「殴って本当にごめん」
「もっと早く教えてくれれば…こんなことには…」
俺は目を合わせることも出来なかった。
すると、また俺の後ろから足音がした。
振り返るとそこにはニ菜がいた。
風間も気を遣いすぐにその場から立ち去った。
「ごめん…ニ菜」
「どうして殴ったの?」
ニ菜は俺の目をじっと見つめている―その目の周りは赤くなっていた。(まるでさっきまで泣いていたかのように)
「あの時告白をされているんじゃないかと思って…」
「違うよ」
「じゃあ、なんであそこに2人でいたの?」
「たまたま出くわしたの、私外で友達とお弁当食べる約束してて、風間君は朝練の忘れ物をとりに体育館に向かってたみたい…その時たまたま」
それって運命が―なんて考えが一瞬自分の頭をよぎった。
「あの日私、風間君から連絡先を聞かれてたの」
「え…」
「でも私、断ったんだよ…彼氏がいるからって」
「そうだったんだ…」
ニ菜は涙を堪えながら話した。
「はじめが私の想像以上に辛い思いをしてたのは分かってた…風間君には悪いけど、そっけない対応したり、なるべく関わらないようにもしてたの…心配させないように」
ニ菜なりに努力してくれてたことを初めて知った。
「それでも…もう無理かもしれない…私、はじめのこと怖いって思っちゃったから…あんな風に人を殴れてしまうような人だったんだなって…」
「………」
この後30秒ほど沈黙が続いた…俺はもうニ菜が何を考えてるのか察した。
「別れてほしい」
そう言うとニ菜は涙をこぼした。
「わかっ…た…」
薄々気づいていた。
停学中に連絡がなかったこと…今日俺を避け続けていたこと。
何よりあの日俺を見てニ菜が怯えていたことで。
ニ菜は泣きながら話す。
「占いなんて行かなければよかったね…ごめんね…辛い思いさせて…」
「そんなこと…」
これ以上はもう声が出なかった…自分も泣いてしまうと分かっていたから
「とっても楽しい夏だったよ、ありがとね」
そう言うと泣きながら彼女は後ろを向き、近くの女子トイレに入って行った。
彼女の姿が見えなくなると俺も一気に涙が溢れた。
あの時、占いなんて行かなければ…あの時殴らなければ…そんな後悔と夏の楽しかった思い出が交互に俺の頭を巡った。
―その後―
最初の数ヶ月は俺に気を遣ってか、2人とも話さないようにしていた。
それでも運命というやつのせいなのか…自然と2人は話す機会も増え、一緒にいる時間も多くなっていった。
明らかに以前よりも仲良くなっているのに気づいていた。
しかし、俺もそれ以上のことは知らない。
なぜなら高校卒業までの3年間、2人が付き合いはじめたという噂が俺の耳に入ることはなかったから。