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03

<side レイチェル>


「……」


 鏡に映る自分に驚きよりも戸惑いの方が大きかった。思わず首に手をあててみるがこうして動けているのだから当然のようにそこは繋がっている。幼いころの前髪で瞳を隠した私の格好はユリウス様との初めての顔合わせの時のものだ。父が王都から取り寄せた流行のドレスはどう考えても私には似合っていなかったけれど、この頃はそういった感覚もなかったから特に気にしていなかった。

 それよりも自分がなぜこんな姿をしているのか、処刑され気が付けば鏡の前なんておとぎ話でしかない場面だ。そう、おとぎ話……。


「あのネックレスの力が発動したの?」


 私の作る道具は使ってみなければ分からない物も存在していたし、狙った効果がでない失敗作も多くあった。だからあのネックレスもそうだとばかり思っていたのだけど、どうやら効果があったらしい。記憶を持ち越して時をさかのぼるとは思わなかったけれど、記憶があるのならばユリウス様を泣かせない方法もあるかもしれない。

 これからどうするかを思案していれば時間だとメイドに告げられた。子供らしく返事をしたつもりだけどいつもと違ったのか怪訝そうな顔をされたが、気にしてもしょうがないのでメイドの後について応接室へと向かった。


「初めましてレイチェル嬢」

「は、初めましてユリウス殿下」


 ああ”私の王子様”だ。記憶と寸分たがわぬ姿で私を見つめ、ぎこちなく挨拶をする私に微笑んでくれたユリウス様。

 少し青みがかった銀の艶やかな髪に、青い瞳。目元には泣き黒子があって容姿は幼いけれどなんだか艶っぽくてこの時の私は一目で彼の虜になったのだ。

 そんなユリウス様が目の前にいる。けれど、私を見つめる視線が記憶にあったものと違っていた。この当時のユリウス様は化け物と呼ばれる私が婚約者であることを嫌っていて、周りに婚約者は道具として扱い、好きな女は他で作ればいいと宥められていたはずだ。

 だから私を見る目は優しくなんて無かったはずなのに、愛おし気に私を見ている気がする。


「庭を案内してくれるかい?」

「は、はい!」


 大人たちが話しをする間に二人で遊んできなさいと言われたのは覚えているが、こんなことを言われた記憶はなかった。差し出された手を思わず取ればぎゅっと握られた。

 はっとして彼の顔を見ればなんだか泣きそうな顔をしていたので、はしゃいでいる風を装って私は彼を庭に引っ張っていった。


「膝においでよ」


 庭のベンチに腰かけたユリウス様はそう言って私を抱き上げ、頬にキスをしてきた。その行動で確信が持てたので全身の力を抜いて彼に身を預けた。


「うん、いい子」

「私の記憶ではユリウス様がこの姿の私を可愛がる事などなかったと思いますが」

「うん、馬鹿な事してたよね。こんなに可愛い君を構い倒さなかったなんて」

「ペンダントの力でしょうか……」

「さぁ?でも二人して戻ってきたということはそうなんだろうね」


 つんつんと私の頬を指で突いて「あー可愛い」と口にする彼はご機嫌だ。楽しいのならそれでいいので放っておけば満足したのか急に真顔になって私を見つめてくるので、頬が熱を帯びる。


「ふふ、照れてる?」

「当たり前です!」

「あー、キスしたい!!いいよね、しても!?」

「ダメです。外見の年齢を考えてください!」

「わかった。これからは外見の年齢を考えてめいっぱい抱っこして構い倒す。プレゼントもたくさん贈る予定だから覚悟しておくように」

「は?」

「もう後悔したくないから我慢しない事にしたんだ。だからそのうち王子もやめる」

「王子をやめる……。本当に?」

「だって、レイチェルは王子の僕じゃなくても好きでいてくれるでしょう?」

「それは、そうですが」

「前はさ、僕を無能と呼ぶ馬鹿どもに思い知らせてやろうと思って必死だったけど、もういいんだ」


 その言い方に引っかかりを感じてじっとユリウス様を観察する。瞳は穏やかで嘘を言っているようには見えない。どこかすっきりしたような……?

 そしてあのペンダントの事を唐突に思い出した。私とユリウス様で作りを変えていたのだ。あのペンダントが起動するときにはそれ相応の魔力が必要で、ユリウス様には私の魔力を込めて渡していた。

 それを取り替えて使ったならば、彼はどこからその魔力を調達した……?


「……まさか、殺したのですか」

「そうだよ。城を爆発させて僕と一緒に死んでもらった。あの日は城で議会も御前会議も開かれる予定だったからね。貴族や重鎮たちが勢ぞろいだったよ」

「なぜ、そのような事を……」

「僕やレイチェルを愛さない国を作ったやつらなんていらないだろ?」


 うっとりとした目で私を頬を撫で「僕には君がいればいいんだ」と微笑んだユリウス様に言い知れない恐怖を感じたがそれを押し込めて微笑みを返す。

 この方を狂わせたのは私だ。私が不用意に彼に力を与え、私が先に死んでしまったからユリウス様の精神をゆがめてしまった。終わったことを悔やんでも始まらない。

 私がこの人生で彼をまっとうに幸せにすればいい。そう決意を新たにした。


 それからというものユリウス様は頻繁に私の住まう家を訪ねてきた。宣言通りプレゼントをたくさん持ってやってくるが、特に彼が贈ってきたのはドレスの類だった。普段用から礼装までたくさん持ってきてはあれがいいこれがいいとコーディネートしていく。

 その間、私は彼の着せ替え人形をしていたけれど、前の人生でも見たことがないぐらいに幸せそうに笑うから疲れるから嫌だとも言えずにされるがままになっていた。


「うん、可愛いよ、レイチェル」

「ありがとうございます」


 一通り着せ替えが終わって、ユリウス様が一番お気に召したドレスを着てお茶を飲んでいた。二人で話す時、使用人たちは気を利かせて外しているので私と彼しか知りえない事を話しても問題は無いのでありがたかった。


「さて、それじゃあ前髪を切ろうか」

「切らなければなりませんか?」

「僕は君の夜闇に浮かぶ満月のような瞳が好きだからね。その瞳に見つめられたい。もちろん今の隠れた月に見つめられるのも悪くないけれど」


 この年頃の私は気味悪がられるのが嫌で前髪で瞳を隠していたのだが、今の内面では特にそういった視線を気にはしていない。

 ただ、私の世話をする使用人たちに不快感や恐怖を与えたくはなかった。私のその気持ちを見抜いたのかユリウス様は微笑む。


「君が心配するような事はおきないよ」

「そうでしょうか」

「そうならないように手を打ってきたんだ。僕を信じて」


 パチリといたずらっぽくウィンクをする彼のあまりの美しさに私は膝から崩れた。


「あはは!お気に召したようだね」

「その容姿でそれは反則だと思いませんか?!」

「僕は自分の容姿に自覚があるからね。そして君のツボも心得ている。好きだろう?こういうの」

「前はそんなことなさらなかったのに……」

「我慢をしない事にしたと言っただろう?君が好きな僕を存分に見せてあげるから覚悟してね」

「ユリウス様は私をどうしたいのですか……」

「幸せにしたい。もっと笑ってほしい、僕を愛してほしい。だから僕はレイチェルにたくさんの愛を贈るんだよ」


 私を抱き上げたユリウス様は「君を化け物になんてさせないから」と言う。既に化け物と呼ばれているが、この屋敷はユリウス様のおかげで記憶にあるよりも空気が柔らかくなっていた。

 手を打っているということがどんな事なのかはよくわからないけれど、せっかく時が戻ったのだから違うことをしてみるのもいいかもしれないと思う。


「前髪を切ります」

「うん、楽しみにしてるね」

 

 ユリウス様の言う通り、前髪を切った私へ向けられる使用人たちの視線に恐怖や不快感は含まれず、穏やかな慈しみの視線ばかりだった。

 そんなものを向けられたのが初めてで驚いたけれど「前は本当に何を考えてるか分からなくて不気味だったからね、今の分かりやすい君の方が怖くないんだよ」とユリウス様に言われた。

 確かに前は”化け物”と言われるのが怖くて、何か失敗すると面倒そうなため息ばかりが飛んできて誰も私の心配をしなかったから自然と感情を出すことをやめてしまっていたのだ。

 そんな中でユリウス様だけは上っ面の優しさを与えてくれていたけど、その優しさが無くなるのが怖くて従順でいたので喜怒哀楽を出せるようになったのは出会って随分と経ってからだった。

 

 前の私は両親から愛を与えられず、使用人からも恐怖されていたけれど、今は両親の愛はなくとも使用人から慈しまれ、ユリウス様からの降り注ぐ愛を受けとり、健やかに成長していった。

 

 貴族の子女が通う王立学園に通う頃には、化け物と呼ばれつつも周りからは”優秀なご令嬢”として一目置かれる存在になっていた。


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