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<side レイチェル>


 人間という生き物は自身と違うものを排除しがちだ。それは、恐怖からくるものだと私は思っている。未知のモノに対する恐怖は本能に刻み込まれ、自身の安全を確保するものだ。それをどうこう言うつもりはない。つもりは無いけれど、”排除された側”である私とあの方の悲しみや苦痛は拭いされるものではない。


「僕なんかと婚約させられなければ、君は殺される事なんてなかったのにね。いや、違うか。もっと前に僕がレイチェルの手を放してあげればよかったんだ。周囲に恐怖を与える事を分かっていながら僕はその力を欲してしまったから」

「魔法とユリウス様以外を切り捨ててきた己の至らなさによって私は処刑されるのです。あなたが気に病む事など一つもありません」

「無理だよそれは。愛する人を守れない自分を僕は永遠に呪う」

「私など忘れ、幸せになってください」

「僕はレイチェルと幸せになりたかった。”無能”と呼ばれる僕を愛してくれる君と幸せになりたかったんだよ」


 私にはもう彼の瞳から零れ落ちる涙を拭う事はできない。彼と私の間には鉄格子があり、この両手両足は枷によって動きを制限されている。下手に魔法を使えば見張りの兵に見つかり、彼にまで害が及ぶだろう。


「私は幸せでした。幼い頃からあなたの婚約者と定められてはいましたが、ユリウス様はずっと優しかった」

「打算だよ。あの頃は利用できる駒として君に価値を感じていた」

「それでもです。皆が目を背け、遠ざける”化け物”の私を傍においてくれた」

「手放せなかったんだよ。君は駒ではなくて僕の愛する人になっていた」

「理由などどうでもいいのです。孤独な私をあなたは癒してくれた。だから私はユリウス様のために生きてきたのです」



 私の容姿はこの国では異様だった。母に外国の血が入っていたからか、突然変異かは分からないけれど黒髪に金目というこの国では目にしない組み合わせを持って私は生まれてきた。それに加え生まれた時の魔力量は計測器を壊すほどのもので両親、特に母は私を恐れた。

 母は生まれてきた私を一度も抱かず、全ての世話を乳母に任せ別宅に住まわせ、己の目に入らないところに私を置いた。父は母を愛していたからそれを容認し、母にならって私と顔を合わせることはほとんどなかったが、利用価値のある私にはそれなりに金をかけ、私より数年前に生まれていた”ある方”との婚約に奔走していた。

 

 その”ある方”というのが今目の前にいるユリウス様だ。彼は王の第一子でありながら魔力を持たず生まれてきた前代未聞の王子だ。

 通常、王族や貴族というのは魔力量が一般市民とは一線を画す。貴族の中でも魔力量が少なく生まれてくる子供も稀にいるが、ゼロという事は無かった。それが王族から生まれてしまったため問題になったのだ。

 王族は貴族を統率する立場にあり、魔法が使えなければ公務もままならず、魔力量や魔法の技量でマウントを取り合う貴族社会において、彼は誕生を祝うべき存在ではなく”無能”として疎まれた。

 そこに目をつけたのが父だった。野心家の父はさらなる地位を目指してあの手この手を使い、生まれた時から異常な魔力量を有する私を王子の婚約者に据えることに腐心した。そして私が喋るよりも早く魔法を使った事が決め手となり、ユリウス様との婚約が成立した。

 王からみれば私はあくまでも王子の”無能”を補うパーツであり、別に子供が生まれれば破棄される婚約ではあったが、その後は子宝に恵まれなかったため、破棄されることはなかった。


 物心つくころから私は”王子様の婚約者”だと言われて育ってきたから、初めて出会った時からユリウス様に恋をしていた。絵本から抜け出したような美しい容姿をされていたからというのもあるが、幼いころは寂しさもあって優しい王子様に私は夢中になった。

 だから彼が私を利用しようとして早くから魔法の才能を開花させることを目論んでいたということにも気が付かずに、楽しく魔法を学びそれを高めていった。

 そんな私を見ていた彼は私に「魔法を使いたい」と頼んだ。今も昔もユリウス様のためならなんでも出来てしまう私なので望み通りに私の魔力を凝縮した”魔石”を作り贈った。その当時は一回限りの魔法しか使えなかったけれど、彼は静かに涙を流した。


「え……」

「はは、まぬけな顔だよ、レイチェル」

「ごめんなさい」


 ほっぺに両手をあて顔を隠すポーズをしてみたが、それが益々彼の笑いを誘ったようで「ばかだな」とまた笑われた。


「ほんとにお前は僕の劣等感を刺激する馬鹿な子だよね」

「?」

「だからこそ利用価値があると思ってたんだけど……」


 そして彼は私を抱きしめ「ありがとう」と言葉にして、静かに泣いた。

 

 それから明らかにユリウス様の私に対する態度が変わったように思うけれど、どういう心境の変化があったのかは聞いたことがないのでよくわからない。ただ一つ言えるのは、私を見る目が道具から自分にじゃれつく子犬程度に変わったということだ。

 他人からみれば歪な関係かもしれないが、穏やかな時間が過ぎていった。私はその間に魔法や道具をたくさん開発したし、ユリウス様の公務を支えるために淑女らしい所作も身に着けた。けれど私は自分が他人からどう見えるかを知らなかったのだ。彼に求められるがままに魔法の理論を発表し、それを使っていたらいつのまにか "倒すべき化け物”となっていた。

 

 そして私は投獄され、明日処刑される。



「国を滅ぼそうか」

「ユリウス様?」

「そうすれば処刑は無くなる。僕が命じれば簡単にできるだろう?レイチェル」

「それがあなたの望みなのですか?」

「僕の望みは君が生きることだ。君以外どうでもいい。だから、国を滅ぼそうよ」

「この国を滅ぼした所で、隣国が私を討伐対象として定めるでしょう?」

「そうしたら隣国も滅ぼせばいい。歯向かうやつらは皆殺しにしようよ」

「そして世界には二人だけ?」

「素晴らしい世界だと思わないかい?」

「それがあなたの本心だとは思いません」

「……生きてよ、レイチェル。頼むから。こんな檻なんて簡単に壊せるだろう?その魔力抑制の枷なんて君にとっては玩具だろう?」

「できません」

「どうして!!僕が生きろと言っているのに、なぜ言うことを聞いてくれない!?」

「私が逃げれば、あなたに害が及ぶからです」

「そんなのどうだっていい。僕は君さえ生きていればそれでいいんだ!」

「そのお言葉をそっくりお返しします。私はあなたが生きてくれればいい。仮に私がここから逃げたとしてもユリウス様が心配で私は国を離れられない。一緒に逃げても逃げ場所なんてどこにもない。私たちは幸せになれない。だから、できないのです……」

「君が死んだって同じことだろう!?僕は”無能”だ、今まで君に守られて生きてきた、守り手のいなくなった僕などすぐに殺せる!!」

「いいえ。そうはさせません」


 私はまっすぐにユリウス様を見つめ「私が必ずお守りします」と告げる。


「ユリウス様、私の魔石は肌身離さず身に着けていてくださいね。これが私の最後のお願いです」

「ダメだ、レイチェル。君は生きるんだ」

「……さようなら、ユリウス様。私はあなたと出会えて幸せでした」

「レイチェル!!!」



 私が背を向ければ、諦めてくれたのか足音が遠ざかっていく。零れ落ちる涙を拭うこともできず、遠くで扉の閉まった音が聞こえたと同時に私は声を出して泣いた。



 処刑の日、ユリウス様からだと届けられたネックレスはお遊びで作った”時を戻すかもしれない”魔道具だった。幼いころに二人で読んだ物語に登場したアイテムで、命と引き換えに1度だけ時を戻すことができるという代物だ。

 時を戻すという研究や伝説の遺物が存在していたため、効果があるかは分からないけれどそれらを参考に自分用とユリウス様用に試しに作ったもので、届けられたのはユリウス様用に作ったものだった。



「酷い人」



 また”化け物”や”無能”と呼ばれる人生を繰り返せ、なんて。それでも、一縷の望みを託したそれを無下にはできずネックレスを身に着け、私は刑場へと歩みを進めた。


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