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猫になる季節

秋に猫になったけど

作者: 西牙 叶

 連休初日、おじいちゃんの家。

 二階の窓から見える山はすっかり秋めいている。

 部屋に吹き込む微風も冷たくて、ちょっと体も冷えてくる。

 体を丸めるように、畳にあぐらをかく。


「トラ、おいで」


 膝を叩いて呼ぶと、そばにお座りしていたトラが来た。

 慣れた動作で当然のように、あぐらのくぼみに丸くなる。猫ベッドのようなふかふかさは無いから寝心地はともかく。温かいのが嬉しいのか、ご満悦の顔をこちらに向けてきた。


「トラも、あったかいよ」


 頭や背中を撫でると、ゴロゴロいいだした。


 夏毛から冬毛に変わりはじめて、もふもふさが増している。堪能するように撫でると、トラは目を閉じてゴロゴロ。

 聞いていると眠くなってきた。

 目を閉じてウトウトすると、ゴロゴロの音が大きくなった。


 自分の喉が出している! トラと入れ替わった!


 猫になるのは三回目だから慣れたもの。

 秋のもふもふは暑くもなく寒くもなく。丁度いい体感温度だ。夏や冬と違って動くのも苦ではなさそう。

 うーむ……座り心地はいまいちな、あぐらの上で冷静に考える。

 秋か。猫は秋に何をするんだろう?

 人間なら、読書、スポーツ、食欲。

 読書したいけど猫の体で本を読んだら、すぐ眠くなりそうだ。

 なら、スポーツか。思ったとき、どこかから飛んできた紅葉が部屋に着地した。綺麗な真っ赤。

 もみじ饅頭の形。お腹がすいてきた――

 よし、何か食べ物を探しに行こう。


 あぐらから降りて、廊下に出る。

 食欲の秋となれば太るな。先に、廊下を行ったり来たりしておこうか。

 そういえば、庭をトンボが飛んでたから追いかけてスポーツの秋を楽しもう。


 階段を降りて廊下を行く。

 見えてきた庭の縁側に、おじいちゃんがいる。

 棒みたいなのを持って、焚き火の中に突っ込んでる。

 何してるの?


「ニャー」

「おう、トラか」


 それだけ言うと、焚き火のほうを向いてしまった。


「ニャー」


 振り向いてくれないので、様子を見よう。


 たくさんの落ち葉を集めた焚き火。おじいちゃんが持ってるのは火ばさみだ。それで近くの葉っぱを焚き火に追加したり、焚き火を突っついたりを繰り返してる。


「なんだ、トラ」


 やっと、振り向いてくれた。


「トラも焼き芋を食べたいか?」


 焼き芋!!


 食べたい!


「ニャー!」

「そうか、そうか。もう、できるぞ」


 おじいちゃんは火バサミで焚き火を掘りだした。


 落ち葉の中から、銀の包みが転がってきた。

 芋の形に膨らんだ包みが、何個も。

 おじいちゃんが熱そうに、銀紙を開けていく。


「できとるようだの」


 鮮やかな赤紫の皮。香ばしい焼き芋の匂い。パカッと割ると、ほくほくの湯気が立った。柔らかそうな黄金色の焼き芋――


「ニャーニャー!」

「待っとれ。待っとれ。どれ。ふーふー」


 はふはふと、おじいちゃんが先に食べるのを見守る。


「うん、うめぇ」

「ニャー!」

「わかった、わかった。熱いから気をつけるんだぞ」


 猫は猫舌だし、ふーふーできないから気をつけないと。

 溢れ出る食欲をおさえて、おじいちゃんがふーふーしてくれているのを待つ。


「ほれ」


 目の前に手のひら。

 猫の一口サイズにされた、焼き芋がのってる。

 前足で持つと汚いか。猫らしく、かぶりつこう。

 最初は気をつけて、ちょっとかじって。うん、丁度いい温度だ。


 いただきます!


「どうだ? うめぇか?」

「うみゃ、うみゃ」


 甘くてほくほく!


「そうか、うめぇか」


 かけらを追加してくれた。ありがとう。


「お、来たか」


 おじいちゃんの視線を追うと、トラが廊下を来ていた。慣れたもの、ちゃんと二足歩行で。


 「焼き芋できてるぞ」


 「焼き芋」


 理解してるのかいないのか。


 ちょっと眠そうな顔で縁側にしゃがみ込むと、おじいちゃんが焼き芋を取るのを見つめてる。


「ほれ、食べろ。トラも、うめぇうめぇ言ってるぞ」


 興味深そうに、差し出された焼き芋に触ろうとしてる。


「熱いぞ、気をつけろ」

「あちっ」


 急いで引っ込めた手をふった。


「わしがさっき半分にしたのをやろう。トラの食べかけだけどいいだろ」


 そっちはきっと、丁度いい温度だよ。


 おじいちゃんが差し出した焼き芋にトラはかぶりついた。熱くなかったようで盛大に食べだした。


「うまいか?」

「うまい」


 手に持つと、味わうように目を閉じて口を動かしてる。


「よかったな」


 よかったね。


 あ、お母さんとお父さんとおばぁちゃんも来た。


「焼き芋できたぞ」


 みんなで縁側に座って、味わう。


 秋の幸せ。


「夕飯は、秋刀魚よ」


 サンマ!!


「ニ゙ャァー! ニ゙ャァー!」

「はいはい、トラの分も買ってくる!」


 おばぁちゃんが優しく確約してくれた。


 本能のままに訴えてよかった。

 鳴き声に合わせてトラも、サンマ! と言ってた。


「猫が二匹いるみたいね」


 お母さんの鋭い突っ込みを見送って。


 ほっとして、縁側に丸くなって食後のうたた寝。

 目が覚めると、自分の体に戻ってた。


 夕飯の時間、食卓には約束の秋刀魚。

 トラが前足をテーブルについて、かぶりつく寸前といった態勢で、じっと見つめてる。


「はい。トラのよ!」


 お母さんが、ほぐした身をのせた皿を床に置いた。


 この大きな秋刀魚を一匹丸ごと食べる。トラに体験させてあげたかった。けど、もう我慢できない。遠慮なく頂きます。


「おいしい!」


 おいしい、うまいと次々感想を言った後、最近は秋刀魚も高くなった高級魚だと、お母さんたちが話している。思わず、うなずく。納得のうまさ。


 トラも夢中で食べてる。


「トラ、おいしい?」

「トラ、うめぇうめぇ言わねぇのか?」

「言うわけないでしょ」

「さっき、焼き芋を食べたとき言ったんだよ」


 みんなが注目したけれど、残念ながらトラは皿をカラにして口を綺麗にしはじめた。


 ご満悦そうに。


 さぁ、こちらも食事を続けよう。秋刀魚に、ご飯に、山菜と(たけのこ)の煮付けに、(きのこ)の味噌汁。

 食欲の秋が満たされていく。

 食べたらトラをあぐらにのせて、読書の秋と洒落込もう。

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