1-7 吊り橋の修復
ヒョロロゥと、風が鳴く。
束の間の晴れ間に、ライカたちを迎えたのは、死ぬほど深い谷であった。
「吊り橋が落ちているのか」
ライカが崖際に歩み寄り、吊り橋の柱を観察する。
「柱の方はそれほど古くなさそうだ。
綱が切れたのが問題だな」
それからアーネストを見て、続ける。
「直せるか?」
「素材があれば」
少し考えて、アーネストは続けた。
「一抱えほどの縄の材料と、20枚ほどの木の板が要ります。
まあ、木の板は渡り易いように付けるだけなので、無くても構いませんが」
「縄の素材か。
人里でもあるまいし、麦束などは無かろうな……」
「今付いている古い縄は使えませんね。
質の悪い縄を使ったようです」
アーネストが、柱に残った橋の残骸を外しながら呟く、
「柴などがあれば代用できるかと。
少し、分け入ってみましょう」
雨後の山野は雫に溢れ、少し分け入るだけで、ずぶ濡れになりそうだ。
「どうだ、アーニー?」
「使えそうな歯朶があります。
ライカ様には、お茶をお淹れしますので、クッキーと共にお召し上がりを」
「うむ、任せる」
鷹揚に頷くライカに茶を淹れ、クッキーを出すと、アーネストは歯朶を抜き始めた。
「カネ・テラ。収穫の妖精」
地面が震え、根こそぎ歯朶がズボズボと抜けていく。
「カネ・モンス。伐採」
木を切り倒し、足を乗せる板材として、ざっと形を整える。
「少し乾かします。カネ・フォンス・コントラリウム。脱水」
「ふむ。順調だな」
甘いクッキーを咥えながら、紅茶を香りつつ、ライカが感想を漏らす。
「今、少しお待ちを。夕方までには仕上がります」
「あまり慌ててはくれるなよ。
橋は、丈夫さが第一だ」
「御意に」
すっかり乾いた歯朶と板に向かって、アーネストが、更に魔術を唱える。
「カネ・テラ。縄よ蛇よ」
すると乾いた歯朶材が、まるで自ら蠢くように、ロープの形に撚り上がっていった。
板材に開けた穴に潜り込み、足場も同時に形成していく。
「出来ました。あとはこれを渡せば完成です」
「ふむ。では私は茶を片しておこう」
「お手数をお掛けします」
主人に一礼して、アーネストは崖際に立った。
「カネ・ウェントゥス。風の舞踏」
ビュウゥンと、俄かに吹いた強風にあおられ、吊り橋状の縄が崖を渡っていく。
「縄よ蛇よ」
呪文を重複して発動するという、高度な技術を密かに見せて、アーネストが両方の崖の柱材に、縄を縛り付け、固定していく。
しかも後段は、呪文の無詠唱という技術まで重ねている。
得意の土元素魔術だからなのもあるが、実は至極高度な技術である。
ギリリ、と強く縄を縛り付け、一息ついてから、アーネストは吊り橋に、試しに乗ってみた。
ピョンピョンと、空中の板材の上で跳びはねてみて、アーネストは後ろに声を掛ける。
「ライカ様、仕上がりました」
「うむ。どうする? 少し休むか?」
従者を気遣って、女主人が優しさを見せる。
しかし、
「やがて日も暮れます。それまでなら体力も持つでしょう」
背筋を伸ばして、休憩を拒否する。
「ふむ……。キツくなったら、すぐ報告するように」
「仰せのままに。
……ああ、風の魔術を扱ったので、魔力は残り半分ほどです」
「加速は?」
「他に何も使わなければ、1度なら。
或いは、休憩か睡眠を取れれば、魔力は随時回復します」
「よし、慎重に行こう。
加速が欲しい場合は、命じるので、しばらくその他の魔法の使用を禁ずる」
最後にそれだけ命令をして、ライカはアーネストに先立っていった。
パラ、パラリと。
風を孕んだ雨が落ちる。
先ほどまでの俄か晴れは、あっさり幕を閉じたようで、アーネストらが向かう山頂付近には、陰気な雲が重たく、黒い姿を横たえていた。