5-11ED 荒野からの再建
ヴィーノブルグの城下町には、いまだ煙がくすぶっていた。
一方、山を焼いていた炎は幻だったからか、驚くほど簡単に鎮火した。
とはいえ、失われた森林資源はバカにならない。
「そなたら4人のお陰で、被害は最小限に済んだ。
何なりと褒美を取らすぞ、セルケト」
パガン候サドア=ヴィーノが、その短く重い体を揺らして笑う。
応接室のくつろいだ雰囲気の中。
ライカは一心に、茶菓子を食べている。
「いーよ、復興に大変だろ?
既定の料金はもう貰ってる。気にすんな」
素っ気なく断るセルケトに苦笑して、パガン候は続けた。
「たしかに復興はひと仕事だな。間もなく冬も来る。
山が燃えて、薪が足りなくなるだろう。
都合よくクェルカ材が出回りだしたので、購入の打診をクェルカ候に送ったよ。
クペーツ卿も夏ごろまで山に光蜈蚣竜がいて困っておられたから、歓迎してくれるハズだ」
「うむ。ブリュナークか。懐かしいな。尻尾の光が厄介であった」
口元をクリームで汚しながら、ライカがそう漏らす。
「? 何を言っているのだ、ライカ殿」
ライカの言葉に、戸惑いの声を上げるパガン候。
「あ~、ややこしいから言ってなかったけど、ブリュナーク倒したのも、アタシたちなんだよ」
セルケトが言い辛そうに告げる。
手柄を自慢するようで、言いたくなかったのだろう。
「何と! 左様であったか。これは目出度い。
お亡くなりになった御父上も、極星の御座でご覧になっているだろう。
「星の間の裁判で死んだ奴は、天国じゃなくて地獄に行くんじゃなかったのかい?」
「それは違う。あれは明らかに政治の腐敗であった。
エレニア近郊の豊かなダンジョンを管理していた其方らの父は、王家に忖度した汚い僧侶に嵌められたに過ぎん。
そうだ、忘れていた。
星教会に今回の事件を正式に抗議しよう。
そなたらのお陰で、爬虫人も生け捕りにできたし、敵に雇われていた傭兵隊長からも話を聞けた。
ここまで揃えれば、妙な言い逃れはできまい」
パガン候が長々と語ったが、確かにこの災難に対しては、最良の結果に落ち着いたと言って良いのかも知れなかった。
「それで、其方らはこれからどうするのだ?
そちらさえ良ければ、復興の手伝いを頼めないか?
勿論、好待遇を約束するぞ。
なにしろ、今回の戦の功労者だ。其方らがいれば、民も喜ぶ」
「いーや、悪いけど、
ヒルドのドワーフに先約があるんだ。そっちをやるよ」
セルケトがサッパリと言い切る。
アーネストなどはオロオロするばかりだが、幸いパガン候の懐も十分に深かったようだ。
「そうか。では出立まで好きに過ごすが良い」
「そうするよ。まあ、明日にはサッサと立つけどな。
旨い仕事だから、枠が埋まっちまわないか心配だ」
「おお、セルケト。まことに風のような滞在であったな」
「悪いね、アタシは冒険者だから、スリルに敏感なんだ」
その言葉が、対話の終わりを呼び寄せた。
その後、些末なやり取りをして、ライカたちは宿に帰った。
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!!! オ マ ケ ヤ ス ヒ コ !!!
パガン候領の南、神聖なるスナン修道院領の小村、カボス村では、村人たちが畑を荒らすモンスターに頭を悩ませていた。
「勇者ああああ様、魔物を退治してくんろ!」
「夜な夜な畑を荒らすんで、怖くて正体も分からんのです」
「このままじゃ、オラたちは飢え死にするしかねぇ……」
とは言え、収穫をしているというよりは食い荒らされているらしいので、魔物の知能は高くないだろう。
棲み処は分からないが、西の方から来ると言うので、ヤスヒコたちは退治を引き受けた。
「まほうつかい、魔術で探せる?」
「きぃ~~ひっひっひっひっひっひ!!
カネ・ソヌス。生命探知ディテクトアニマ」
相変わらず、杖を使わず、素手を振るって音の魔術を使うまほうつかいのメルビー。
「いるよ~、いるよ~。あの薮やぶの奥だよ~」
まほうつかいの指示に従い、オークのオークスが先頭を行く。
彼は強靭な槍使いであり、回復魔術も使える優等生だ。
その後にヤスヒコ、メルビーと続き、最後に風クラゲがフワフワと殿を務める。
なお、ふにゃおとはコミュニケーションが難しいので、なぜ付いてくるかは不明だが、ときどき上げるエサだったり、先日上げた水の魔法石だったりが気に入っているのかもしれない。
とは言え、いきなり背後から、やけつくいきが流れてきても、ヤスヒコは驚かない用意があった。
ヤスヒコもまほうつかいも、水の魔術、解毒キアリク――――失礼、解毒アンチドートが使えるのだ。
2人同時に痺しびれなければ、立て直しは可能と踏んでいたのだ。
とは言え、モンスターとの戦闘中に、対応が取れるかは未知数だ。
畢竟、ヤスヒコのワガママで、パーティーを危険にさらしていると言える。
しかしオークスも、まほうつかいも、何も文句は言わなかったので、既成事実化を狙うヤスヒコだった。
やはり根は引きこもり。
勇者と言えど性格は、おちょうしものと見せかけて、実はなまけものなのである。
「ドウくツ ある」
オークスが前方を示すと、小高い丘の腹に開いた小さな洞窟が目に入った。
人も入れる大きさで、魔物が棲みつくにはうってつけである。
「まほうつかい、灯りをお願い」
「カネ・ルクス。持続光ラスティングライト」
不気味な洞窟の暗闇に、ポカリと小さな光の玉が現れる。
「トらだ」
オークスが洞窟入り口の足跡を見て、虎だと断定する。
だとすれば、瞬発力による奇襲に気を付けねばならない。
「まほうつかい、防御魔術使える?」
「きぃ~~ひっひっひっひっひっひ!!
金メタリカ属性は私にとって裏に当たるから、ほとんど魔力切れになるよ?」
「――――うん。それでいい。まほうつかいは、ここで待ってて良いよ」
「きぃ~~ひっひっひっひっひっひ!!
カネ・モンス。強化硬化アドハーディング」
ヤスヒコとオークスに、山属性のバリアが出来る。
2人が奥に入って行くと、
「Baaaaaaaroooonn……」
という威嚇音が響いてきた。
「オークス、気を付けてね」
「トら 強いガ 勝テる」
オークスの頼もしさに、ヤスヒコは惚れた。
「Baaaaaaaroooonn……」
苛立ちを顕わにして、その魔物は姿を現した。
総じていえば、人の大きさのサーベルタイガー。
それに豹のような斑点と、モヒカンのような赤い毛がその身を飾っている。
「ゲレゲレやと!?」
警戒するオークスを尻目に、ヤスヒコは疑念に駆られていた。
こんなにもキラーパンサーに似ている魔物が目の前にいて良いものか。
これは本当に現実なのか?
一方、魔物は警戒しているものの、こちらの様子を伺っている。
(え、仲間にすると? あ、でも名前にゲレゲレはもう使うたけん……ボロンゴ? え、こんな都合のよかことあると?)
「ああああ ドウしタ」
オークスに注意を促され、ヤスヒコは心を決めた。
「オークス、大丈夫。任せて」
ジリジリと警戒させぬよう近づきながら、ヤスヒコは言った。
「ふふふ。こわくない。こわくない。」
どこかの谷の姫のようなことを言いながら、ヤスヒコがサーベルタイガーに近づいていく。
その手には、オヤツにしようと思っていた、ビーフジャーキーが握られている。
「Baaaaaaaroooonn……」
ビーフジャーキーを差し出しながら、ヤスヒコが距離を詰めていく。
「ビアンカのリボンやなかけど、このジャーキーも美味しかよ~」
「Baaaaaaaroooonn……」
ヤスヒコが差し出したビーフジャーキーを、そのトラはヤスヒコの手ごと噛みついた
「知ってた!」
オークスが攻撃しようとするのを止めて、ヤスヒコは続ける。
「ホラ、こわくない………ねっ?」
腕を噛まれながら、ヤスヒコは笑って言った。
「おびえていたんだね。でももうだいじょうぶ」
ヤスヒコの忍耐に、虎の様子が変わった。
「……ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ」
噛んでいた手を離し、のどまで鳴らしながら、ヤスヒコの傷を舐めようとする。
「あ、ボロンゴ、気持ちは嬉しいけど衛生的にアウトだから……!」
ヤスヒコが慌てて手を引いて、綺麗な水で洗おうとする。
追いすがるようにトラは動くが、今度はオークスが間に入ってくれる。
「おおぉぉぉぉ…………いっってええええええ!!!!
とれちゃうかと思った、とれちゃうかと思った!!!!」
泣きわめき、転がり回りながら、必死に手を洗い、回復魔術を自らに掛ける中年男性の姿がそこにあった。
「きぃ~~ひっひっひっひっひっひ!!
仲間にしたのかい。そりゃあいい」
「ああああ ヘいキカ?」
オークスの問いかけに、ヤスヒコは汚い笑顔で答えた。
「超痛かったけど、もう治ったから、大丈夫」
こうして、勇者ああああの一行に、サーベルタイガーのボロンゴが加わった。
~劣等種と呼ばれた少年と、その手を取ったお嬢様と、支離滅裂なことを言う中年勇者の冒険譚~
第5話 パガンの攻防
~fin.




