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5-9 熱戦

 舞い散る紅葉の雨の向こうで、ギギギ、ゴゴゴと正門が開く。

 老兵ゾルが驚いて、その光景に目を見張る。


「今は、後方が混乱しているというにっ!」


 もちろん、そのタイミングを狙ってきたのだろう。

 現状の保有兵力で正面戦闘を行えば、敗走することは想像に難くない。


 簡単に負けるとは言わないが、それでも負ける、と言うのがゾルの見立てであった。

 何より、野営をしている傭兵に対し、城兵は屋根のある場所で、十分休めているはずなのだ。


 正門に続く石段は、ゾルの指示で夜中のうちに死体を片付けさせていた。

 その石段――――紅葉に埋まった石段に城兵たちが押し出してくる。


「門が開いたぞ! 攻撃の機会じゃ! 総勢、進めー!」


 心にもないことを口にして士気を上げる。

 ゾルの部隊が突破されたなら、後方には、街を襲って統率の乱れた弱兵たちがいるだけだ。


 それにしても、後方の混乱はどういう事だろう?

 さっそく1人斬り伏せながら、ゾルは混乱を隠せなかった。


 傭兵団のノルン社長は、ビジネスで戦争をする人間だ。

 城下町への放火や略奪など、余程の理が無ければ許しはしない。


 また、もし仮に許すなら、可能な限り統制下に置くはずだ。

 城門前から見る城下町の現状は、兵たちが手前勝手にウロウロしており、野放図に過ぎる。


「死ねぇ、ジジイ!!」


「悪いの」


 次から次に斬り倒す。

 しかし、心には迷いがあった。


 司令部に何かあったのか?

 そうだとすれば、ここで踏ん張る意味がない。

 だとしても、後方に送った伝令が戻るまで、その真相は戦場の霧に隠されたままだ。


 そんな迷いが、命取りだった。


「うおおおおおおおおおお!!」


 パガン候サドア=ヴィーノが、得意の大斧でゾルを叩き潰す!!


「ぬぅっ!?」


 上段からの振り下ろしは、ドワーフにとって脅威である。

 初撃は剣で受けたが、容赦なく振り下ろされる鉄塊に、ジリジリと押し込まれていく。


 しかも現在は石段上で、城兵側は常に上を取れる。


「しもうたわい……」


 そう呟いて、老ドワーフは紅葉のような血飛沫を上げた。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「――――ッ(せめ)ぇな! 埃だらけだクソ」


 郊外にある物置の床下から這いだしながら、セルケトが罵声を上げた。


「うむ。わたしも10度ほど頭をぶつけたぞ」


「それは学べ、ライカ」


「?」


「外に出て位置を確認しましょう」


 アーネストの提案を、セルケトが拒否する。


「そんなのは斥候(レンジャー)の仕事だ。犬ッコロ、持続光だけランタンに入れてくれ」


「カネ・ルクス。持続光(ラスティングライト)


 アーネストが予備の携帯燭台(ランタン)に魔術を掛ける。


「じゃあチラッと周りを見てくるぜ。大人しく茶でも飲んで休んでろ」


「それであれば、御香を焚こうかと存じます」


「匂いが外に漏れねぇように、気を付けろよ」


 そう言って、セルケトは外に跳びだして行った。


「おお、御香は良いな! 今日はどんな匂いにするのだ?」


 ライカが興味津々にヘティトの準備を見学する。


「本日は前回と種類の違うアガーウッドで御座います。

 前回のが伽羅(きゃら)、今回の物は沈香(じんこう)とも呼ばれています。


 苦味と辛味で、集中力を増すことが出来るので御座います」


 ヘティトが香を用意する間、アーネストは魔術で小屋から空気が出ないようにし、茶の用意を進める。


「アーネスト様、有難う御座います」


「いや、お茶も匂いが漏れるから、ついでですよ」


 謙虚な笑顔をみせるアーネストに、ヘティトの胸が高鳴った。


「ライカ様、紅茶が入りました。ヘティトさんのお香とも、合うと思いますよ」


「うむ。飲もう!」


 アーネストが使い捨ての安コップに紅茶を注ぐ。

 こちらからは甘い香りが漂ってきた。


「これは確かに、相性が良いかも知れません。

 まるで、肉桂(シナモン)を入れたクッキーの様で御座います」


「シナモンクッキー! アーニー、シナモンクッキーは無いのか?」


 ライカが無茶な要求をする。


「申し訳ありません。

 リンゴを持ってきているので、これなら相性が良いと思いますよ」


「リンゴか。

 よし、アーニー、切ってくれ」


 ライカが無邪気に命令をする。

 その光景に、ヘティトは気分を害した。


 確かにアーネストは奴隷であり、ライカの従者であるだろう。

 だがしかし、リンゴを切るくらいの手間まで押し付けて、座りっぱなしは無いのではないか。


 抗議をしようかという思いが募り、手先がブレたのが失敗だった。


「熱ッ」


「え、ヘティトさん、火傷ですか??」


 アーネストが寄ってきて、ヘティトの左手を見る。


「あー、軽いやけどですね。治しちゃいますね。

 カネ・テラ。穢れた癒し(アンクリアヒーリング)


 暖かい光がヘティトの指先を覆い、ズキズキとする不快感が治まる。

 逆にヘティトの心臓は、ドキドキと脈打っていた。


「アーネスト様、有難う御座います」


「お役に立てて嬉しいです。

 ヘティトさん、最初の頃、怖かったからなぁ」


 その言葉に、顔を真っ赤にしてヘティトは顔を伏せた。


「おい、大体分かったぜ。

 敵軍は居ないと思うが、統制が取れてないから、脱走兵に鉢合わせる可能性はある。


 枢機卿のいる郊外の農園には、日暮れまでには着けるはずだ」


「うむ。

 ではセルケト殿が小休憩を終えたら、作戦を再開しよう」


 ライカが方針を示し、皆にも異論はなかった。


「――――っ走ってきたから茶が旨ぇな!」


 セルケトの感想が、薄暗い小屋に響いた。

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