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5-8 戦端

 翌日。

 駐屯する村の公共の家(パブリックハウス)の1階食堂に、パガン枢機卿こと爬虫人ワン=イーは、シャルル=ペリゴールの姿で昼食を摂っていた。


 異様なのはその内容で、大量の生卵と、度数の高い火酒というもの。

 彼の世話をする給仕役たちは、怪訝な目で彼を見つめたが、ワン=イーは歯牙にも掛けなかった。


 生食したら腹を壊す恐れのある生卵を食らい、星教で禁じられた酒を飲む。

 気が狂ったとしか思えない行動だ。


 実際、パガン枢機卿は、ここ数か月で気が狂ったとする噂が流れていた。

 そしてその実、その時点からパガン枢機卿は、爬虫人ワン=イーに入れ替わられていた。


 本人は赴任の旅の途中、パガン高原の深い谷底に、護衛と従者と共に沈んでいるのだ。


 ジュルリと生卵を丸呑みし、ワン=イーは昨夜の暗殺者を思った。

 相手も焦っているのだろうが、次の暗殺者がいつ来ないとも限らない。


 それを封じるには、早く相手を叩き潰す必要がある。


「傭兵隊の陣に赴く。支度をしなさい」


 侍従に指示を出し、またひとつ生卵を飲む。


「パガン候が決戦に応じるように、城下町に火を放とう」


 城に籠られると防御側が有利だ。

 城下町が蹂躙(じゅうりん)されれば、挑発されて出てくるかも知れない。


 玄関に出て、コートを羽織る。

 左足を引き()るフリをして、秋晴れの空に家を出る。

 家の前には2頭立ての馬車が仕立てられ、パガン枢機卿を待っていた。


「傭兵隊の駐屯地に向かえ」


 御者に命じて、馬が走り出した。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「パガン枢機卿、御着陣!」


 その言葉に、兵たちからザワリと動揺が走る。

 司令部に使っている、放棄された農園に馬車が止まり、パガン枢機卿が下車して農園に入った。


「ノルン隊長はどこにいる?!」


「こちらですよ、枢機卿」


 1階の食堂から、ノルンの声が上がる。

 食堂にはノルンの外、10人の隊長が同席している。


「ブリーフィング中です。何か御用ですか?」


 迷惑そうに、冷たく尋ねるノルンに対し、ワン=イーは腹案を命ずる。


「ヴィーノブルグの城下町を焼き討ちし、本隊を誘い出して決戦を強要しなさい」


「……正気ですか? 仮に勝てたとして、後の統治に問題が生じますよ」


「些末な問題だ。パガン候の責任にすれば、我々は関係がない」


 部屋にいた10人が騒然とする。

 ――――やはり枢機卿は狂ったのか? それとも何か別の事情が?


 焼き討ちは戦術的には正しいが、戦略的には悪手である。

 よって、この地の統治の安定を図るなら、するべきではない。


「パガン枢機卿、我々はその案を実行に移すことはできませんよ」


 全員を代表して、ノルンが反対の意見を述べる。


「……無能が」


「? どういう意味ですか」


 問い返すノルンと、後ろに控える小隊長たちを、ひと睨みする。

 魔術のために変身の解けた蛇の舌が、シュウルリシュルリと口から漏れる。


「貴殿! その口は!?」


「スペシオ。暗愚(フィーブルマインド)


 月の鏡の竜の魔力で、その場の11人は判断力が鈍らされる。


「……? あ、なにを、していたんで、しょう」


「城下町を焼き討ちして、城兵を誘い出し、決戦を行いなさい」


「…………? ……分かりました」


 魔術に掛かった11人が、ゾロリ、ゾロリと部屋を出ていく。


「これでいい。この地は混沌と混乱に満たされるだろう」


 ワン=イーはそう言って、小隊長たちの後を追って歩き出した。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 轟轟(ごうごう)と熱風が舞う。

 城下町の家々を炎の舌が舐め、次々に焼き尽くし、倒壊させていく。


 略奪を禁じられていたのに、今朝になって焼き討ちの指示が出たため、燃やすに惜しい物資や宝物は兵たちによって既に持ち出されている。

 中には欲をかいて、火をかけてからも探し回って火傷をした者もいた。


 ともあれ、略奪と焼き討ちは大成功だった。

 傭兵たちは、戦利品を前にして歓声を挙げている。


「何という事だ……」


 パガン候のサドア=ヴィーノ卿が、城下を一望して溜息を吐く。


「あの枢機卿がこれほど愚かだとは思わなかった。

 こうなっては爬虫人だというのも、正しいかも知れんな」


「パガン候のせいではない。それに悪いことばかりでもない。

 敵は正門前の部隊以外、統制が滅茶苦茶だ」


 ライカがその横に立ち、厳しい顔を城下に向ける。


「家を燃やされた兵の士気も上がっている。

 これは、攻め時ではないか?」


「うむ……」


 ライカの提案に、迷いを見せるパガン候。


「正面さえ突破できれば、略奪に夢中の傭兵など簡単に制圧できる」


「アタシもライカに賛成だね。ここまでやられて黙っていたら、統治者としての義務を欠くんじゃないか?」


 セルケトが、ライカの横に並びながら、そう告げる。


「…………」


 瞑目し、深呼吸を1つ吐くと、パガン候サドア=ヴィーノが城内に向けて声を挙げた。


「城内の(つわもの)どもよ!!! 攻勢に出る!!! 直ちに準備を致せ!!」


 その声が響き渡ると、堰を切ったように城内が動き出した。

 パガン候が配下の騎士たちに、詳細な作戦を告げていく。


「ライカ殿、セルケト、君たちのパーティーは、パガン枢機卿を討ってくれ」


「親父よぅ……聖職者殺しは極刑だぜ?」


 セルケトが呆れたように肩を竦める。

 けれどそれは、決して怯えているのではない。


 実行した後の身分保障を求めているのだ。


「パガン候の名において命じる。だから、その責は私のものだ。

 それに爬虫人なら、星教会を糾弾して、復興支援を引き出せよう」


「ちゃっかりしてんなぁ」


 セルケトが苦笑して、踵を返す。


「アーニー、ヘティト殿、正面攻勢に合わせて軍勢を突破する。

 飛行の魔法の準備は良いか?」


 キョトンとするアーネストとヘティト。


「……ライカ様、飛行の魔術は習得していません」


「……わたくしもで御座います」


 キョトンとするライカ。


「締まらねぇなぁ……。親父よぅ、この城って城外に繋がる抜け道とかないのかよ。

 豊穣のパガンと謳われたこの城なら、抜け道くらいあるよな?」


 完全に無茶ぶりだったが、パガン候は苦笑して、


「あるにはあるが、手入れが行き届いておらんから、通り抜けられんかもしれんぞ」


「おいおい、城主様が言っていいセリフじゃねぇな?」


「征服から80年、この地が戦場になったことは無いからな。うっかりだ」


 鉄面皮のパガン候に対して、追及を諦めると、セルケトは聞いた。


「よし、取り合えず抜け道を教えてくれ。ダメなら次ってことで」

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