1-5 新たなる依頼
「冒険者さん、客だよ」
宿の主に呼ばれて、1階のラウンジに降りたライカとアーネストを待っていたのは、例のバカな子供を連れた中年紳士であった。
「オス」
「あ、うん、こんにちわ」
着席したまま右手を挙げるバカな子供に、思わず返礼してしまうアーネスト。
「なに用だ?」
武門貴族の果断さで、ライカが男に声を掛ける。
「お初にお目にかかります。
私はレーネース冒険者ギルドの参事官、ニール=フットウィークと申します。
本日は御二方のお力をお借りしたく、罷り越しました」
一部の隙も無い、脂で固めたオールバックに、上質な綿の上下と革のマントを身に着けて、慇懃にそう告げてくる。
「フットウィークさん。力を借りたい、とは?」
「はい。
先日、愚息が御二方のトレーニングをつぶさに目撃したとのことで。
手練れの遍歴冒険者である、というのがコイツの見立てです」
アーネストが驚いて少年を見ると、鼻くそをほじっていた。
「氷炎流の剣士と魔術師のコンビですね?
魔術師の方は、土魔術を基本にしながら、裏に当たる加速まで使える手練れだとか」
恐ろしいほどに全部筒抜けであった。
「……それで、私たちに何をさせようというのだ?」
冒険者ギルドの参事官は、一つ、溜息を吐くと、重たい口調で言葉を紡いだ。
「ヤーデレーゲの様子を見てきて貰えませんか。
無論、報酬は出します。新金貨3枚でどうですか?」
「入山禁止なのでは?」
ライカが聞くと、参事官は苦笑いをする。
「そこは、決まりを破ってもらうことになります。
とはいえ、罰則が立法されているわけでは在りませんし、バレなければそもそも問題になりません」
村の決まりを破れ、と余所者を唆す。
怪しい臭いしか、感じない依頼である。
警戒レベルを1段階上げつつ、ライカが詳細を尋ねる。
「それで?
様子を見てこい、とはどういう意味だ?
異常の兆候が出ているということか?」
「ヤーデレーゲの巣の近くに、レーネース冒険者ギルドのキャンプがあります。
ギルド員はそこに交代で詰め、最新の魔導通信機で定時連絡を送ることになっています」
苦々しい顔の参事官を見て、ライカが結論を先回りする。
「定時連絡が途絶えたのか。
いつからだ?」
「一昨日の起鐘を最後に、12回の定時連絡を欠いています」
「危ういな……」
真剣な表情で唸るライカ。
普段は惚けた言動をするライカだが、人の命がかかる場面では真面目にならざるを得ない。
「ご承知の通り、ヤーデレーゲが暴れ出すとサフォ川が洪水になります。
その情報を事前に知るために、ギルドのキャンプは設置されているのです。
そのキャンプに事故が生じているとすれば、人を遣って確認するしかありません」
重々しく語る参事官に、ライカが斬り込む。
「なぜギルド員を使わない。
部外者を雇う理由を教えて欲しい」
「身内の恥を晒すようで、あまり言いたくはありませんが。
ギルド内の派閥は、入山禁止派が有力なのです。
定時連絡の監視は許すが、それ以上は刺激してはならない。
それが、我が冒険者ギルドの長老方の下した結論です」
「不毛だな。長老方は脳に贅肉が付いてしまったようだ」
「ご不快でしたら、申し訳ございません。
しかし、事実なのです」
「それで、使い捨てできる遍歴冒険者を雇う、という事か」
ライカの放言に、参事官は慌てて追従をする。
「使い捨てなど思いもよりませんでした。
手練れの遍歴冒険者がいる、という情報だけを頼りに参ったのです」
ライカは少し考えて、
「良かろう。引き受けよう」
「あ、雨具を用意してもらわないと、任務に支障が出ますよ」
アーネストが横から入れ知恵し、雨具の支給も冒険者ギルド持ちとなった。
「ヤーデレーゲの様子を見て、異常があれば魔導通信機で報告をする。
同時に現地にいる要員を、発見、回収,帰還させる。これで宜しいか?」
ライカの問いに参事官は頷いた。
「ええ、ええ。十分です。
あとは速度ですね。今、この瞬間、発っていただけるなら新金貨を1枚足します」
「準備がおろそかになりはしないか?」
ライカの疑問に、参事官は余裕で答える。
「レーネースにワザワザやってくる遍歴冒険者など、ヤーデレーゲ目当てに決まっています。
山中を行く準備は万端に整っておいでと推察いたします」
「なるほど」
ライカが頷き、アーネストをチラリと見てから、
「直ちに出よう。報酬は新金貨で4枚。
アーニー、契約書を書いてくれ」
「すぐに書きます!」
アーネストが契約書が書く間、公証人が呼ばれ準備が整った。
アーネストが書いた契約書に、ギルドの参事官がサインを記す。
「契約成立だ。あとは、報告を待て」
「あなた方が遭難すれば、バックアップはありません。
くれぐれも、お気をつけて」
参事官の男が低く告げる。
ライカは少し笑って、返答した。
「任せておけ。いい報告であれ、悪い報告であれ、必ず届けるさ」