5-7 祝宴
城門広場では、束の間の宴が催されていた。
馬酔木舞いの持ち込んだ物資は保管庫に置かれ、代わりに保管庫から同量の食料が供出される。
「ヴィーノ卿、お久しぶりだ」
「おお、ノール領のひとり娘か。
名前は確か……ライカ、だったかな?」
「その通り。子どもの頃に1度会っただけなのに、凄い記憶力だな」
ライカが笑顔になると、周囲の男たちの視線が集まる。
アーネストはそわそわしながら、その様子を眺めている。
「セルケトとヘティトとは、知り合いなのか?」
「彼女たちは、優秀な冒険者仲間だ。
実力もあるし、冷静でもある」
ライカの返事に驚いて、ヴィーノ卿が声を漏らす。
「冒険者……やはり君たちはそんな仕事をしているのか……」
「ヴィーノ卿。冒険者とは、卑しいばかりの存在ではない。
その証拠に、我々が主導して馬酔木舞いを城に導いたのだ」
冒険者への偏見を暴かれて、ヴィーノ卿が恥ずかしそうに笑う。
「そうであった。
冒険者の活躍で、この城は活気を取り戻したのであった。
失言であった。取り消そう」
「失言を取り消せる責任者は貴重だ。
これを機に、士気を高めて反撃に転じてはどうか」
ライカの進言に、ヴィーノ卿が呻る。
「おいおい、オッサンを困らせんな。反撃なんて無理に決まってるだろ」
セルケトが近づいてきて、ライカの肩を叩く。
「オッサンと言うほど、ヴィーノ卿は老いてはおるまい。
20も年下の後妻を迎えたと聞いたぞ」
ライカが明け透けにそう言うと、場の空気が凍る。
「……コメントし辛ぇ……」
セルケトがそう漏らし、ヴィーノ卿が咳払いをして、場の空気を払拭した。
「……士気が戻ったのは間違いない。反撃の作戦を共に考えてくれ」
ヴィーノ卿が、ライカとセルケトにそう頼む。
「……仕方ねぇなぁ。義理の親父の頼みだ。会議室は使えるか?
セルケトの言葉に、ライカも応じる。
「敵陣正面に突撃を仕掛けよう!」
「バカか! そんな無駄な苦労をする必要はねぇ!」
「正面突破はダメなのか……」
ショックのあまり固まるライカ。
「いくつか策がある。どれを採用するか、親父が決めろよな」
そう言いつつ、ライカとアーネスト、セルケトとヘティトが会議室の移動する。
ヴィーノ卿も、勿論付いてきた。
この部屋から、反撃の策が練られるのだ。
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「シバ、今夜、ヴィーノ卿を暗殺してください。
これしか逆転の手はありません」
ウッドエルフのシバが頷いて、部屋を出る。
「馬酔木舞いで逆転されましたね。
引っくり返すには、トップを排除せねば」
ノルンが決意し、戦略を練る。
「暗殺が失敗したとしたら、取れる手は3つですね」
カラリと戦扇を開いて、ノルンは卓上の地図に見入った。
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その夜。ヴィーノブルグの城壁の中、冷たい風が吹き抜けるバルコニーに、
ウッドエルフのシバが忍び込んだ。
月明かりが彼の影を長く引き、静寂の中に微かな足音が響く。
バルコニーから領主の寝室に入れる。
20歳年下の、30歳の妻を横にして、サドアはベッドで熟睡している。
――――ふうわり、と。
影が舞う。
部屋に繋がるバルコニーに、ウッドエルフのシバが侵入していた。
「パガン候。個人的な恨みは無いが、死んでもらう」
部屋に入り、香を焚く。
爛尾水を主成分にした、体内から腐って死ねる致死毒だ。
一応、パガン候の様子を見て、シバは違和感を覚える。
「息をしていない……幻影か。罠か!」
身を翻し、バルコニーに逃れようとするも、待ち伏せしていたアーネストとヘティトは、準備万端だった。
「カネ・テラ。眠りの雲」
「カネ・テラ。縄よ蛇よ」
シバは眠気に抗えず、魔術のロープで縛られてしまう。
「やはり、いらっしゃいましたね」
「ヘティトさん、暗殺者に敬語は要らないのでは?」
ヘティトは恥ずかしそうな顔をして、応える。
「癖で御座いますので、指摘しないで下さいませ」
「あ、ゴメンナサイ。とりあえず、パガン候を呼びましょう。
僕が見張ってるので、起こしに行って貰えますか?」
ベッドの2人は幻影が消え、麦束2つが正体を現す。
「ヴィーノ卿を呼んで参ります。
くれぐれも、お気をつけ下さいませ」
ヘティトが部屋を出て、アーネストが残される。
「……信用無いなぁ」
溜息を吐いて、暗殺者をベッドの上に移した。
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パガン枢機卿シャルル=ペリゴールは苛立っていた。
そして、加えて言うなら、彼はシャルル=ペリゴールではなかった。
月の鏡の魔力が時間切れして、爬虫人の本性が現れる。
リザードマンとも呼ばれる彼らは、ベスティア大陸の旧支配者で、1621年、いまから98年前に、エレニア王国の初代征服王が叩き潰したはずであった。
直立したトカゲに似た、彼ら冷血動物は、ベスティア大陸を再び手に入れるため、陰謀戦や風説の流布を用いて、支配領域をジリジリと広げていた。
「もう一度、風説を流布せねばならない」
個体名ワン=イーは爬虫人の独自魔術、月の鏡の魔術をばら撒く。
「スペシオ。噂話」
これでこの地の人々の口が軽くなり、治安が悪くなる。
シュルリと舌を出し入れして、ワン=イーは下目蓋をギュルリと閉じた。
「スペシオ。術者変身」
再び、パガン枢機卿の姿を取って、次の陰謀を考える。
星教で禁じられた火酒を飲み、熟考する。
「――――へぇ、あんた人間じゃなかったのか」
言葉と同時に矢が飛んで、ワン=イーの背部に命中する。
「…………!?」
「麻痺毒を撃ったけど、致死毒でも良かったな。
よーし、大人しくしとけよ?」
セルケトが、大型ナイフで、爬虫人の息の根を止めようとする。
――――びちゃり、と音がして、ビチリビチリと人の腕ほどもあるトカゲの尾が切り離される。
背部に当てたと誤認していたが、幻の魔術の下では尻尾に当たっていたらしい。
あまりの光景に驚いていると、ワン=イーは部屋から跳び出し、再び人の皮を被っていた。
「どうなった?」
ライカの問いに、セルケトが答える。
「逃げられた。殺しとかなきゃならなかったな……
爬虫人ってやつだ。人に化けてやがった」
「面妖な……爬虫人など、実在したのか?」
「みたいだな。よし、帰るぞライカ。長居は無用だ」
セルケトの言葉を受けて、2人は夜の闇に消えた。




