5-6 馬酔木舞
パガン侯爵領は、占領前の伝統を容れて水馬を家紋に掲げている。
同様に、馬酔木舞という伝統芸能を、いまも残している。
水馬を模した作りモノを被り、2人1組で前足と、良く動く尾を表現する。
馬の口は開閉でき、大きく広げれば人を噛むこともできる。
元日や祝日に人里を訪れ、見事に舞って、人に噛みつけば、噛まれた人は無病息災が約束されるという。
そうして謝礼を受け取って、村々を回るのが馬酔木舞という生業だ。
これを行うのは山奥の貧しい村。
一般に、馬酔木衆と呼ばれている。
「よぉしテメエら、冗談じゃなく命がけの馬酔木舞いだぁ!!!
死ぬ気で踊れ―――!!」
『 応ッ !! 』
セルケトが指示を出し、男たちが答える。
30人を超える馬酔木衆が、馬酔木舞いの用意を整えている。
ぷぁぁぁぁああああーーーとラッパが鳴った。
ドーン! ドーン! ドーン! と太鼓が響く。
その先頭を白黒2頭の水馬が、進んでいく。
もちろん、人が入ったヤツだ。
カパカパと口を開閉し、周囲をこれでもかと言うほど睥睨する。
また、舞いの要素も重要で、軽業じみた動きも評価される。
まさに今、白馬が前脚を大きく上げた。
2人1組であることを利用して、後ろの人間が前の人間を持ち上げているのだ。
彼らの目的地は、パガン侯爵の居城、ヴィーノブルグ。
戦場の中を完全に横切るどころか、攻囲軍の目的がヴィーノブルグなのだから、危険なことこの上ない。
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「なんだあれは?」
パガン枢機卿シャルル=ペリゴールは、双眼鏡に映った奇妙な行列に唖然とした。
2~30人の少人数だが、祭りのように華やかな服を着て、太鼓とラッパを響かせている。
その先頭を導くのは、白黒2頭の水馬の着ぐるみだ。
「……野蛮な! 原住民の祭りではないか!!」
星教の大教師としては、認めてはならない土着の祭りだ。
ペリゴールが実権を握った暁には、禁止することを心に刻む。
「傭兵隊長に伝令! あの不愉快な行列を叩き潰せ!!」
手紙が一通、手渡された。
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「阿呆が」
傭兵隊長ヘレンが、手紙を焚き火に投げ入れる。
「枢機卿は何と?」
ウッドエルフのシバが尋ねる。
「馬酔木舞いを蹂躙しろ、と書いてありました。何を考えているのでしょうね」
「悪手ですね」
傭兵隊の人員は、半数がこの地の出身だ。
馬酔木舞いには思い出があるし、それを攻撃するのには抵抗があるだろう。
星教会出身で、パガンの地を良く知らないパガン枢機卿が、的外れな命令を出している。
「蹂躙しますか? 毒を撒く手もありますが」
「否、馬酔木舞いを持ち出されたら、手は出せません。
敵の作戦勝ちですね。いいアイデアです」
仮に攻撃を命じたなら、「この地の治安を守る」というお題目に真っ向から泥を塗ることになる。
具体的には、パガン出身の兵たちが離反することすら考えられる。
「30人と、彼らが運べる物資ですか。
……シバ、やはり毒を撒いて来てください。麻痺性の毒で、入城を阻止しましょう」
「分かりました。単独で行っても?」
「その方が上手く行くなら、そうしてください。
そうでなければ、護衛を連れて行ってくださいね」
ノルンの指示にシバが従う。
「これで嫌がらせが出来れば、良いのですが……」
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馬酔木舞いの賑やかな響きを目前にして、風上からシバが様子を伺う。
「見事な舞いだな。邪魔をするのは心苦しいが」
仕事なので仕方がない。
シバは諦めて、しびれくらげの触手を主成分とした香を焚く。
この匂いが風に乗って、馬酔木舞いにぶつかれば、彼らの進行を止められるはずだ。
「悪いが、苦しんでもらう」
シバはそう言い捨てて、拠点へと去る。
辺りには、酸っぱい匂いがモワモワと漂い出していた。
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「ん? ヘティト、なんか臭わねぇか?」
セルケトが双子の妹に訊ねる。
「……しびれくらげの麻痺毒ですね。
散らします。
カネ・ウェントゥス。突風」
ヘティトの短状が振るわれ、風がざぁぁと走り去る。
毒の香炉が馬酔木舞いに届かぬよう、魔術を使って防御する。
「致死性の毒でないだけ、敵も正気で御座いますね」
「いいねぇ。敵はバカより、賢い方が良い」
ヘティトの言葉に、セルケトが応じる。
魔術の風の援護を受けて、馬酔木舞いはゆっくり進んでいく。
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「申し訳ありません。風の魔術を使われたようです」
ウッドエルフのシバが報告する。
「仕方ありませんね。相手が上手でした」
「パガン枢機卿より伝令!」
枢機卿配下の騎士が、新たに手紙を届けてくる。
ノルンは一見して、焚き木に放った。
「全く同じ内容です。阿呆の極みですね」
地域住民の感情を考えないから、馬酔木舞いを蹂躙しろ、という命令が出せるのだろう。
「金払いしか能がないですね、今回の雇い主は」
ノルンは溜息を吐き、次の作戦を考える。
「シバ、暗殺をお願いするかも知りません。
今のうちに休憩してください」
「了解しました」
ウッドエルフのシバが退く。
「さぁて、この盤面は難しいな」
言葉とは裏腹に、楽しそうに微笑んでノルンが呟く。
「負けないように打つべきか……」
ノルンはそう言って、戦扇をカラリと広げた。
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馬酔木舞いを迎えた城内は、活気にあふれていた。
「良くぞ来てくれた! そなたらが味方なら百人力だ」
パガン候、サドア=ヴィーノ卿が歓迎の演説をする。
彼はドワーフかと思うほど身長が低く、肩幅が広かったが、有り余る活力と、厳正な法の目を持ち、優秀な領主として知られていた。
「セルケト。ヘティト。
お前たちが組織してくれたんだな。
完璧だ。感謝する」
「久しぶりに馬酔木舞いが見たかっただけさ」
義父に素直になれずに、セルケトは答えた。
「よし、ここから本格的に防御線だ!!
ここを乗り越えたら、敵は嫌気を出して囲いを解くだろう!!」
パガン候の演説に、城内が沸いた。




