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5-6 馬酔木舞

 パガン侯爵領は、占領前の伝統を容れて水馬(ケルピー)を家紋に掲げている。

 同様に、馬酔木舞(あせびまい)という伝統芸能を、いまも残している。


 水馬を模した作りモノを被り、2人1組で前足と、良く動く尾を表現する。

 馬の口は開閉でき、大きく広げれば人を噛むこともできる。

 元日や祝日に人里を訪れ、見事に舞って、人に噛みつけば、噛まれた人は無病息災が約束されるという。


 そうして謝礼を受け取って、村々を回るのが馬酔木舞という生業だ。


 これを行うのは山奥の貧しい村。

 一般に、馬酔木衆と呼ばれている。


「よぉしテメエら、冗談じゃなく命がけの馬酔木舞いだぁ!!!

 死ぬ気で踊れ―――!!」


『  応ッ  !!  』


 セルケトが指示を出し、男たちが答える。

 30人を超える馬酔木衆が、馬酔木舞いの用意を整えている。


 ぷぁぁぁぁああああーーーとラッパが鳴った。

 ドーン! ドーン! ドーン! と太鼓が響く。


 その先頭を白黒2頭の水馬が、進んでいく。

 もちろん、人が入ったヤツだ。


 カパカパと口を開閉し、周囲をこれでもかと言うほど睥睨(へいげい)する。

 また、舞いの要素も重要で、軽業じみた動きも評価される。


 まさに今、白馬が前脚を大きく上げた。

 2人1組であることを利用して、後ろの人間が前の人間を持ち上げているのだ。


 彼らの目的地は、パガン侯爵の居城、ヴィーノブルグ。

 戦場の中を完全に横切るどころか、攻囲軍の目的がヴィーノブルグなのだから、危険なことこの上ない。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「なんだあれは?」


 パガン枢機卿シャルル=ペリゴールは、双眼鏡に映った奇妙な行列に唖然とした。

 2~30人の少人数だが、祭りのように華やかな服を着て、太鼓とラッパを響かせている。

 その先頭を導くのは、白黒2頭の水馬の着ぐるみだ。


「……野蛮な! 原住民の祭りではないか!!」


 星教の大教師としては、認めてはならない土着の祭りだ。

 ペリゴールが実権を握った暁には、禁止することを心に刻む。


「傭兵隊長に伝令! あの不愉快な行列を叩き潰せ!!」


 手紙が一通、手渡された。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「阿呆が」


 傭兵隊長ヘレンが、手紙を焚き火に投げ入れる。


「枢機卿は何と?」


 ウッドエルフのシバが尋ねる。


「馬酔木舞いを蹂躙(じゅうりん)しろ、と書いてありました。何を考えているのでしょうね」


「悪手ですね」


 傭兵隊の人員は、半数がこの地の出身だ。

 馬酔木舞いには思い出があるし、それを攻撃するのには抵抗があるだろう。


 星教会出身で、パガンの地を良く知らないパガン枢機卿が、的外れな命令を出している。


「蹂躙しますか? 毒を撒く手もありますが」


(いや)、馬酔木舞いを持ち出されたら、手は出せません。

 敵の作戦勝ちですね。いいアイデアです」


 仮に攻撃を命じたなら、「この地の治安を守る」というお題目に真っ向から泥を塗ることになる。

 具体的には、パガン出身の兵たちが離反することすら考えられる。


「30人と、彼らが運べる物資ですか。

 ……シバ、やはり毒を撒いて来てください。麻痺性の毒で、入城を阻止しましょう」


「分かりました。単独で行っても?」


「その方が上手く行くなら、そうしてください。

 そうでなければ、護衛を連れて行ってくださいね」


 ノルンの指示にシバが従う。


「これで嫌がらせが出来れば、良いのですが……」


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 馬酔木舞いの賑やかな響きを目前にして、風上からシバが様子を伺う。


「見事な舞いだな。邪魔をするのは心苦しいが」


 仕事なので仕方がない。

 シバは諦めて、しびれくらげの触手を主成分とした香を焚く。


 この匂いが風に乗って、馬酔木舞いにぶつかれば、彼らの進行を止められるはずだ。


「悪いが、苦しんでもらう」


 シバはそう言い捨てて、拠点へと去る。

 辺りには、酸っぱい匂いがモワモワと漂い出していた。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「ん? ヘティト、なんか臭わねぇか?」


 セルケトが双子の妹に訊ねる。


「……しびれくらげの麻痺毒ですね。

 散らします。

 カネ・ウェントゥス。突風(ガスト)


 ヘティトの短状が振るわれ、風がざぁぁと走り去る。

 毒の香炉が馬酔木舞いに届かぬよう、魔術を使って防御する。


「致死性の毒でないだけ、敵も正気で御座いますね」


「いいねぇ。敵はバカより、賢い方が良い」


 ヘティトの言葉に、セルケトが応じる。


 魔術の風の援護を受けて、馬酔木舞いはゆっくり進んでいく。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「申し訳ありません。風の魔術を使われたようです」


 ウッドエルフのシバが報告する。


「仕方ありませんね。相手が上手(うわて)でした」


「パガン枢機卿より伝令!」


 枢機卿配下の騎士が、新たに手紙を届けてくる。

 ノルンは一見して、焚き木に放った。


「全く同じ内容です。阿呆の極みですね」


 地域住民の感情を考えないから、馬酔木舞いを蹂躙(じゅうりん)しろ、という命令が出せるのだろう。


「金払いしか能がないですね、今回の雇い主は」


 ノルンは溜息を吐き、次の作戦を考える。


「シバ、暗殺をお願いするかも知りません。

 今のうちに休憩してください」


「了解しました」


 ウッドエルフのシバが退く。


「さぁて、この盤面は難しいな」


 言葉とは裏腹に、楽しそうに微笑んでノルンが呟く。


「負けないように打つべきか……」


 ノルンはそう言って、戦扇をカラリと広げた。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 馬酔木舞いを迎えた城内は、活気にあふれていた。


「良くぞ来てくれた! そなたらが味方なら百人力だ」


 パガン候、サドア=ヴィーノ卿が歓迎の演説をする。

 彼はドワーフかと思うほど身長が低く、肩幅が広かったが、有り余る活力と、厳正な法の目を持ち、優秀な領主として知られていた。


「セルケト。ヘティト。

 お前たちが組織してくれたんだな。

 完璧だ。感謝する」


「久しぶりに馬酔木舞いが見たかっただけさ」


 義父に素直になれずに、セルケトは答えた。


「よし、ここから本格的に防御線だ!!

 ここを乗り越えたら、敵は嫌気を出して囲いを解くだろう!!」


 パガン候の演説に、城内が沸いた。

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