5-2 攻囲
パガン候領は、竜の背骨山脈に臨む、山がちな土地で、小麦を植えるのには向いていない。
その代わり、ブドウやリンゴを特産としており、ワインやリキュールが主な産物だ。
そんな果物畑が広がる土地に、兵馬の雄叫びが挙がっている。
「堅いな、ヴィーノの城は」
左足を引き摺って歩きながら、双眼鏡で様子を見るパガン枢機卿シャルル=ペリゴールは、攻囲の攻め手に欠いていることに苛立っていた。
正面の山に立つ小さな城が、攻囲を上手く受け流している。
「どうなっているんだ?
あんな小城、簡単に落とせるのではなかったのか?」
隣に立つ、鎧の女に問いかける。
「簡単に落としますよ。
でも時間については、お約束しませんでしたね?」
ペリゴールは苛立って、眉根を上げた
「姑息なマネは止めろ。
戦を長引かせて、給料を多く貰おうなどとは考えないことだ。
傭兵ならば真面目に戦え。
さもなければ破門にするぞ」
「――――随分と軽い破門だこと」
「何だと貴様ッ!!?」
激昂するペリゴールに背を向けて、鎧の女が前線へと向かう。
「傭兵ならば真面目に戦え……。
フッ、傭兵なんかに何を期待していらっしゃるのやら」
大弓を背負い、軍馬に跨ると、侍従から手紙を受け取った。
前線からの定時報告で、これを彼女は待っていたのだ。
「ふむ。搦め手が防がれたか」
「どうなさいますか社長?」
ウッドエルフの若い男が、隣に馬を並べる。
「計画は変わらんさ。
だが、少し派手に観せて差し上げる必要がありそうだ。
君も破門は嫌だろう、シバ?」
「ウッドエルフは、身を持ち崩しても、やりようがありますから。
ヘレン社長のために、私を使ってください」
ヘレンと呼ばれた女性は肩を竦める。
「暗殺の腕はえげつないのに、それに似合わず可愛いことを言う」
「恐れ入ります」
ヘレンが馬首を巡らせ、手綱を振るう。
「北東の間道から攻める!
各々方、血を震わせられよ!」
彼女の号令に、100人の傭兵隊が「応!!」と答える。
秋の色に染まり始めたパガン候領で、戦が始まっていた。
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ワアァァァァァァァァァ!!!
正門を攻める部隊が気勢を上げる。
「戦え、戦え!!
社長命令だから諦めて戦え!!」
ドワーフの老兵が剣を振るい、部隊の兵を督戦する。
「ゾル様、少し無理筋な攻めではありませんか?」
部下に言われて、ゾルは嫌な顔をする。
「無理筋も無理筋よ。
だがまぁ、必要な暴挙というのも時には行わねばならんものだ」
正門は狭い石段を上がった先にあり、攻めにくいことこの上ない。
ハラハラと散る黄色いモミジが、倒れた屍に降り積もる。
「よーし、ワシもひと当たりしてくるか」
剣を抜いてゾルが駆け上がる。
味方を掻き分け、死体を踏んで、鳥のように躍り上がる。
「将が出てきたぞ!! 狙え!!」
ババババババババババンッ!!!!
城門から矢の雨が降る。
集中して狙われたドワーフが、含み笑いで矢を出迎える。
「狙いが甘い」
城門まで駆け上がりながら、数多と降る矢を剣で払う。
払えぬものは身を翻し、或いは屈んでやり過ごす。
「年寄りには、ちとハードな運動じゃなぁ」
そろそろ引退時かと、ゾルは思った。
退職届を用意せねばならない。
ヘレン社長は手続きを重視するからだ。
「さあて、ひと打ち!!!」
両手で剣を持ち、閉じられた正門を柄頭を使って殴りつける。
ズドン!
と凄い音がして、鋼の城門に少し歪みが現れる。
「ふむ。まあこんなもんかい」
そう言って、跳び退がる。
なぜなら敵の強者が、門の上から跳び下りてきたからだ。
「斬り結ぶつもりは、なかったんじゃがのぅ」
正門の攻めは、重い陽動であるため、圧力を緩めるわけにはいかなかったのだが、少し過剰に暴れすぎたらしい。
下りてきた重戦士は、丸太のような棍棒を担いでいる。
あの棍棒に叩き潰されれば、致命傷は免れないだろう。
「まあ、仕事は早めに終わらせよう」
そう言って、ゾルが重戦士に駆け馳せる。
迎える重戦士が、棍棒を腰に溜めている。
ゾルに合わせて、棍棒を横に振るようだ。
「悪くは無いの。だが、浅い」
ゾルが跳び、横殴りにされた巨大な棍棒を跳び越える。
「身軽なドワーフも、おるんじゃぞ」
背後に跳び下りたドワーフが、重戦士の膝の裏を蹴る。
そうして転ばせてから、ゾルは溜息を吐いた。
「恨んでくれるなよ」
シャキンッ!!!
剣が走り、血の花が咲く。
バタリと倒れた重戦士の首を、厄介モノのように拾い上げ、撤退に移る。
「さがれ、さがれ!!!
今日はもう十分じゃ」
撤退する味方の背中に、矢の雨が降る。
しかし彼らは、歴戦の勇士。
見えているように回避したり、盾で止めたりと、対処に余念がない。
「社長に首級を届けんとのぅ」
賞与は出るだろうが、辞めづらくなるから板挟みだ。
「身代金で返却するから、身内に頼んでおくんじゃぞ」
手にした生首に語り掛け、ドワーフは戦場から走り去った。
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「始まってんなぁ、くそ!」
セルケトが舌打ちをする。
ここが戦場なら、大人数で囲まれることも警戒せねばならない。
「魔術で音を消しましょうか?」
ヘティトがすかさず、姉に訊ねる。
「ああ、そうだな。兵隊ってのはどこにいるか分からねぇからな」
戦場は混乱が広がっている。
勘違いで、違う道を進むことも、間々あるのだ。
そんな迷子の部隊を警戒し、セルケトは魔術を頼んだ。
「カネ・ソヌス。音の壁」
周囲の風の流れを操り、外に物音を漏らさないよう、円形の壁を張る術だ。
「うむ。便利だな。
うわああああああああああ!!!!」
ライカが叫んだ。
「うわ、びっくりした。
何なんですか、ライカ様!」
「……大声を出しても外に漏れないと思うと、我慢が出来なかった」
「子供ですかっ!」
「今は反省している」
「猛省しろ」
セルケトが厳しめの言葉で締めて、4人は移動を開始する。
秋のパガン高原は、紅葉に色づき、澄んだ風が流れている。
ハイキングであれば、最高のシチュエーションだったろう。
「馬酔木衆に頼るか……」
セルケトが土地の現地民を想定して、作戦を考える。
「おーし、こっちだ。
ペース配分気を付けろ。少し登るぜ」
紅葉と血しぶきが飛び交う高原に、ライカたち4人は足を踏み入れた。




