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4-7 休日

 微かに外国語の混ざるヒルドの港は、今日も盛況だ。


 あちらこちらで沖仲士(おきなかし)たちにより、食料や日用品が船下ろしされ、鉄製品が船積みされている。

 そこを訪れて、アーネストは驚いた。


「――――では、こちらに致します」


 ヘティトが何やら香辛料のようなものを手にして、港に併設された小市場にいたのである。


「ヘティトさん、どうしたんですか?」


「あら。アーネスト様。御機嫌よう。料理用の香辛料など仕入れようかと思いまして」


「香辛料かー。それもありか。

 ヘティトさん、今お時間は大丈夫ですか?」


 突然の質問に、ヘティトは面食らう。


「ご、御座いません。もう宿に帰ります」


「そうですかー。残念。

 香辛料について教えて欲しかったんですが」


 ため息交じりにアーネストが言った。


「香辛料??」


 疑問符を浮かべるヘティトに対し、アーネストが苦笑いをする。


「少し、料理のレパートリーを増やしたいと思いまして。

 そうなると小人族(コビット)料理か、森人族(ウッドエルフ)料理だと思うんです」


矮人族(ドワーフ)料理は如何で御座いましょう?」


 薄く笑って超辛党のヘティトが提案する。


「それだとライカ様のお酒が止まらなくなって、翌日は休日になるので……」


「まあ」


 目を見開いてヘティトが両手で口元を隠す。

 礼儀正しい彼女は、笑みが漏れるのを隠したのだ。


「ではウッドエルフ料理でしょうか。

 氏族(クラン)によっても、違いがありますが」


 ウッドエルフは、ここベスティア大陸の先住民の一角だ。

 旧大陸からエレニア軍が攻めよせてきたとき、反抗したり、自ら服属したりした先住民たちの中で、ウッドエルフは最もマズい戦略を取った。


 ウッドエルフは森に住むため、小規模な集団が大陸中に点在しており、それらを糾合すれば、エレニア軍に一矢報いることも出来たとされている。


 実際はその逆、氏族同士の争いすらも止められず、敗北して、ウッドエルフは2等市民となった。


「ウッドエルフ料理でしたら、こちらの物をお譲りしましょうか?

 普通のスープに入れるだけで、香辛料が色々足せますよ?」


 荷物から、魔法の粉(ミックススパイス)の小さな包みを取り出して見せるヘティト。


「え、良いんですか?」


「ええ。毒虫の氏族のレシピですから、少々舌が痺れますが」


 そのままヒョイと、アーネストへ放る。


「!? っと、いきなり投げないでください」


 慌てて受け取り、アーネストがヘティトを非難した。


「その1包みで2人前で御座います」


 どこか楽しそうに言って、ヘティトが(きびす)を返す。


「あ、ヘティトさん1 お礼、お礼しないと!!」


 慌てるアーネストを眩しそうに見てヘティトは言った。


「……貸し1つです」


★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 また別の日。


 アーネストが包丁を新調しようと、鍛冶屋街を訪れると、またもヘティトの姿があった。

 鍛冶屋店の店先で、小型のナイフを()めつ(すが)めつしている。


「こんにちはー」


「まあ、アーネスト様。御機嫌よう。

 こちらにご用事ですか?」


 セルケトが微笑む。


 やっぱり綺麗な人だな、とアーネストは思った。


「包丁をライカ様が折ってしまって」


「……どういう状況です?」


「僕がいない時に、御一人で酒のツマミを作ろうと試みたらしいのですが、真相は不明です」


「真相不明……」


「ライカ様が黙秘しておられなますので」


「ぷっ……………」


 肩を震わせ、言葉を止めたヘティトに、アーネストが尋ねる。


「ヘティトさんはナイフの新調ですか?」


「ええ。せっかくヒルドに来たのです。ヒルド鋼の良いものをと思いまして」


 ヒルドで扱われている金属製品は多様だが、その中でも鍛冶屋ギルドのお墨付き、商人ギルドが保証付きなのが、ヒルド鋼である。

 通常の鉄に比べて、加工の仕方と、調合が違うと言われている。


「お店の方、試し切りはできますか?」


「お、じゃあ、あの甜橙(オレンジ)切ってみるか?」


 店主の親父が応じ、店奥から小さな甜橙を持ってきたので、ヘティトはチップを支払った。

 そして素早くナイフを左手に構え、右手に持った甜橙の皮をシュルリと剝き始める。


「おー器用ですね、ヘティトさん」


「器用貧乏なだけで御座います」


 丸く剥いてから、半分にすると、柑橘類の爽やかな香りが、鍛冶屋街に小さく広がる。


「召し上がりますか?」


 自分で1つ賞味しながら、ヘティトがアーネストに訊ねる。


「お、頂けますか? 少し喉が渇いていたんですよ」


「はい、召し上がれ」


 セルケトの手が愉快に跳ねる。


 甜橙が、空を飛んだ。


「……え、あ、なんで投げるんですかー!」


 アーネストはそう言い、見事、口で甜橙をキャッチした。


「申し訳ございません。手が滑りました」


 その言葉とは裏腹に、少し楽しそうなヘティトなのだった。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「悪趣味だな、アーネストのストーカーしてんのか?」


 遠くでヘティトとアーネストが会話するの眺めつつ、所在なさげにうろついていたライカに声を掛けるセルケト。


「む、失敬な。ストーカーなどではない。

 ただ、アーニーに謝罪せねばならぬから、タイミングを窺っておるまでだ」


 罰の悪そうな顔をして、ライカがセルケトを見る。


「で、アーニー君は、うちの大事な妹を、口説いてるなァ」


 剣呑な目で若い2人を睨むセルケト。


「あれは口説いているのか?

 内容は聞こえぬであろうが」


「聞こえなくったって、若者2人が、ああして巫山戯(ふざけ)てりゃあ、口説いてるようなもんだろ?」


 ヘティトが甜橙を放り、アーネストが見事キャッチする。


「どうする大将? あの2人が、くっついちまったら」


 セルケトの鋭い問いに、ライカは慌てることなく応じる。


「本人同士の望みなら是非もない。

 アーニーを仕事に使う時に、主人権限として借りるだけだ」


「えー、お前、結婚したから解放、とかねーの??」


 セルケトの非難も何のその。

 ライカはニヤリと笑って言った。


「奴隷というから酷く聞こえるが、彼らも立派な家内従業者だ。

 主人は無暗に奴隷を開放すべきではない」


「いーけどよ。

 その一連に、うちの妹巻き込むようなら、徹底的に妨害するからな」


 呆れたようにセルケトが言う。


「それはアーニーとヘティト殿の子を、我が家の奴隷に、と言うようなことかな」


「OK。暗殺だ。構えろライカ!」


「面前で暗殺宣言はどうかと思うが。

 だが済まない、いま刃物は折れた包丁しかないのだ」


「OK。好都合だな。構えろライカ!」


「スマヌ。悪乗りが過ぎた」


 土下座とその一言で、この場は収まった。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


!!! オ マ ケ ヤ ス ヒ コ !!!


「そうであろう、そうであろう!!」


 竜王ロンは人の姿で大きく頷いた。


「ヤスヒコ!!


 貴様は話が分かるな!

 女の子にはやっぱり、優しさが大事よな!!」


 爛尾楼(ランウェイロン)の一角で、腐竜の王が哈哈哈(ハハハ)と笑う。

 毒酒を飲んで酔う王に、ヤスヒコがそっと入れ知恵をしているのだ。


「勇者ヤスヒコよ。

 余の家臣に成れ。


 貴様には爛尾楼(ランウェイロン)の半分をやろう!


「え、バブル後の不良債権じゃないですか……」


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


!!! オ マ ケ ヤ ス ヒ コ !!!

      !!暗刻おる(アンコール)!!


「おーいゲレゲレー!!」


 走ってくるヤスヒコを疎ましそうに見ながら、その獣人は吐き捨てるように言った。


「ゲルグだと、何度言えば通じるのだろうな……」


 ここは腐れ沼にほど近い、とある農園。

 依頼報酬の受け渡しに、事前に取り決めていた場所だ。


「はい、爛尾水。

 扱いは気を付けろってさ。

 松本サリンより酷いことになるって」


「ん……?」


 ゲルグは首を傾げた。

 いつまで経っても、この異世界人の振る舞いに慣れる気がしない。

 だがウィクタ家のための忠義を燃やして、代わりのエネルギー源とする。


「ご苦労様。

 金貨3枚だ。納めらよ」


「おー、ありがとー。

 これで馬車が買えるぞー!」


 ヤスヒコの言動に、流石に懸念を抱いてゲルグが尋ねる。


「馬車など、何の用が?」


「え、だってさあ――――


 オークス、魔法使い、ホイミンって仲間が3人揃ったから……」


 ゲルグは諦めた。


「さて、次の依頼は追って知らせる。

 現時点でのこちらからの情報は、この紙片にある。

 読んだら焼き捨てるように」


「お、スパイみたいですな!!」


 ()()()()()()()()()()()


「ではさらばだ」


 そう言ってゲルグは獣人特有の四つ足走りで、あっという間に見えなくなった。


「……オークス、お金入ったけど、何か欲しいものある?」


「ニク」


「魔法使いは?」


「きぃ~~ひっひっひっひっひっひ!!」


「OK特に無いのね。

 …………ホイミンは――」


「…………風か水の魔力石をやると喜ぶよ」


 魔法使いが助言する。


「そうなんだ! ありがとう魔法使い!」


「きぃ~~ひっひっひっひっひっひ!!」

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