4-5 邪眼
ライカたちが大飛蝗に苦労しながら下を目指していると、ほのかに甘くスパイシーな香りが漂ってきた。
「こりゃあヘティトの香だな。
確かこの匂いは、前にヘティトが奮発して買ってたバカ高い香木だぞ」
「おお、2人は無事であるようだな。
ひと安心といったところだ」
ライカが胸を撫で下ろす。
「無事なら良かったですね」
「いやぁ甘く考えるな。
いま分かってる情報は、ヘティトの香が匂ったってことだけだ」
「もうそろそろ下に着けるので、気を引き締めていきましょう」
夜目が利き、坑道に詳しいイーダが元気に言った。
しばらく無難な探索が続く。
ときどき大飛蝗を蹴散らしながら、スロープに沿って降りていくと、坑道内の光量が増し、見通しが良くなってくる。
「もう下に着くが、2人の姿が見えぬ」
ライカがキョロキョロと辺りを見回した。
スロープの行き着く先には、黄色黴しかいないように見える。
「どっかに魔術で隠れてるのかもな。
それか急なトラブルで移動せざるを得なくなったか。
いや、香を焚いてる以上、危険な状況とは思えねーか。
やっぱり魔術で姿と音を消して、隠れてるんだろ」
そう言った直後、ライカが小声で注意を促した。
「――――石毒蜥蜴だ。右の奥」
「ああ、ホントだ、あの隅っこに寝てますね。
石毒蜥蜴は厄介ですよー」
「石毒蜥蜴ねぇ……。へぇ……」
イーダの言葉を聞いて、セルケトが1人、怪しく笑う。
ライカたちが警戒心を増し、石毒蜥蜴との距離感を図りかねているとセルケトの耳に小さな声が聞こえてくる。
~~~~~~~姉さま、石毒蜥蜴が居ります。お気を付けを~~~~
「ライカ、待て。
セルケトから風の声が入った」
~~~~~~~左下の壁際に偽装しております。偽装を解除しても宜しいでしょうか?~~~~
「む? ヘティト殿は何と言っておるのだ?」
「あの辺の壁際に、魔術で偽装してるってよ。
偽装を解除して良いかどうか、聞いてきてる」
「石毒蜥蜴は起きるだろうか?
そうでないなら合流したいが……」
「いつから寝てるかに寄るなぁ」
困った顔をして、セルケトがボヤく。
「石毒蜥蜴の寝込みを襲いましょう。
石像なんて嫌ですよ」
イーダが過激なことを言う。
前衛職が石毒蜥蜴に挑むとき、その難易度は非常に高い。
まともに目を合わせてしまうと、どんな生物でも一瞬で石になってしまうからだ。
そうならないためには、視線を避ける余計な回避行動が必要になる。
それがどれほどの緊張と疲労を与えるかは、想像に余りある。
「いいぜ。 アタシに任せな。
ヘティトと犬ッコロも、そこ動くなよ?」
セルケトが言って、歩き出す。
「お前ら2人も、余計なマネせず、引っ込んでろ」
「セ、セルケト殿、何を?」
「危ないですよぅ」
慌てるライカとイーダを置いて、セルケトが独り戦場に向かう。
「策があんだ。黙って見てろ」
1歩1歩と進むたび、セルケトの興奮は増していく。
「ライカ、アタシが死んだら後はヨロシクなぁ」
「なんだと?」
セルケトの言葉を聞き間違えたかと驚いて、ライカが眉を顰めた。
「ヘティト、他の危険はねぇだろうな??」
~~~~~~~御座いませんが……姉さま、何を?~~~~
セルケトは無視して、足を速める。
「ククッ、石毒蜥蜴かぁ……逢いたかったぜ……?」
重いマントを翻し、セルケトが蜥蜴に近づいていく。
「…………Screeeeeech……」
危険なトカゲが鎌首を擡げる。
寝ていた身体をググっと起こし、異変は無いかと辺りを見回す。
セルケトの姿を見つけ、そして、
――――キンッと目玉が光り、石化の呪いが放たれる。
「……ックハッハッハ。寝ぼけ眼かよォ!?」
その前にセルケトは迂回軌道を取って駆けていた。
ウッドエルフの身軽さは、衆目の一致するところ。
ダダダと駆けて、蜥蜴の視線を潜り抜ける。
そうして彼女は、自分よりも巨大なモンスターに向けて、急接近を試みる。
~~~~~~~姉さま? 姉さま!?~~~~
ヘティトの悲鳴が聞こえてきたが、セルケトの耳には入っていなかった。
蜥蜴の視線を翻弄し、一足飛びに接近する。
「さぁて……仕掛けるか!」
それだけ言って、正面突破。
蜥蜴の視線がクルリと回る。
「いかん! 見られるぞッ!」
ライカが仲間の危険に叫ぶ。
「Screeeeeech……」
舌を鳴らした石毒蜥蜴が、その焦点をセルケトに合わせ、そして、
――――邪眼が放たれた。
「………だ~れだ??」
セルケトはギリギリまで踏み込んでから、自身の手鏡を石毒蜥蜴に突き付けていた。
――――ガゴンッ!! と。
石毒蜥蜴は石になった。
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「悪ぁ~るかったって、へティ!!」
セルケトがヘティトに平身低頭している。
「絶対に許しません!!」
そっぽを向いて、頬を膨らませるヘティト。
姉の危険な行動に、心配したことへの反動だ。
「セルケト殿。
先ほどの行動は、なんだ?
勝てたから良いが、もっと安全確実に倒すことも出来たはずだ」
問いただすようなライカの言葉に、セルケトが苦笑いをする。
「1回やってみたかったんだよ。
おィ、いや、そんな顔すンなってッ!!
ガキの頃からの夢だったんだよ。
知ってるだろ? 鏡の騎士の石毒蜥蜴退治」
「おぉ、あの歌物語か……
確かに鏡の騎士が、鏡を用いて石毒蜥蜴を倒しているが……
……物語の中でも、危険な手だとの描写はあっただろう」
詰め寄るようなライカの問いに、セルケトは苦笑いしかない。
「でもすごかったですねー、セルケトさん。
石毒蜥蜴を手鏡だけで倒すなんて」
イーダが間を取り持ち、ライカは一旦、矛先を引く。
「まあいい。それで?
この坑道はここまでなのか?」
「はい。
休憩所から先が、天然の洞窟を掘り当ててしまったスペースで、
ここが一番深い場所です」
「石毒蜥蜴はさらに下から現れましたが?」
アーネストの問いに、イーダが慌てる。
「え!? それならどこか外から、穴が繋がっているかも!」
「それならあちらです!」
アーネストの案内で現場に着く。
洞窟の壁の一角が崩れており、その先には不気味な闇が広がっていた。
光ゴケなどが無いことを考えれば、別の洞窟が偶然繋がったものだろう。
「アーニー、魔法で閉じられるか??」
「仮のモノなら。
ここは山の魔力が豊富ですから、半年くらいは僕の術でも持つでしょう」
アーネストの応答に、ライカが命ずる。
「よし、塞げ。
それで、この依頼は終わりにしよう」
「カネ・モンス。結界」
アーネストの術により、半透明の魔力の壁が穴をピタリと封じてしまう。
「ふんっ!」
ライカが突如、剣を振るった。
魔術の壁に剣が当たり、ザリリと刃が火花を散らす。
「っ! ライカ様、突然、抜剣しないでください、びっくりしましたよ」
「む、スマヌ。魔術の丈夫さを確かめたかっただけなのだが。
……暴れ足りなくて、気が逸ったのかもしれぬ」
ライカが反省していると、セルケトとヘティトが連れ立ってくる。
「で、どうすんだライカ?
これで撤退か?」
「うむ、そうしよう。
結果的には楽な仕事だったが、反省点は多岐に亘るな
帰って酒場で反省会だ」
――――その後、イーダが成功を報告し、ドワーフたちからの報酬が届いた。




