4-2 坑道
ヒルド伯領のルフタ山の坑道に、4人の姿があった。
「やっぱ息苦しいな、ヘティト。何とか出来ねぇか?」
セルケトが妹に頼む。
「カネ・ウェントゥス。浄き風」
地下の籠った空気が、新鮮な空気に払われる。
「助かったぜ。ある意味凄えな、ドワーフってのは」
昏い坑道を持続光の光が照らしている。
山の中腹に光蜈蚣竜が穴を開けたかのように、坑道は複雑に入り組んでいる。
「この坑道から、鉄を始めとする貴金属が出るのだ。
ドワーフたちの労力には頭が上がらぬ」
ヒルドの街の税収のほとんどが、鉱山から上がっている。
いくつかある鉱山の内、最大級の1つにライカたちは潜っていた。
「今んトコ、虫ケラの気配はねーが……」
「奥に潜んでいるのでしょう。怪我や油断をすると襲ってくる狡猾な奴です」
前を歩いていたドワーフの少女が、自分の身の丈ほどもあるハンマーをかざしながら、振り返りつつ、そう言ってくる。
彼女はイーダと言って、ドワーフ側が付けてくれた案内者である。
まだ少女と言っても良い年齢と外見ながら、大槌で戦う力は中々のものらしい。
「姑息な奴だ。気を引き締めていこう」
ライカが持続光を引き連れて先行する。
暗い洞窟は、秋の凉けさを保っており、足元から寒さが忍び寄ってくる。
「寒いですね。ヘティトさん、なんとか出来ませんか?」
アーネストの問いに嫌な顔をして、ヘティトは無視した。
(よし。悲しい)
「ヘティト。寒いの何とか出来るか?」
「カネ・イグニス。暖気外套」
アーネスト達は暖かくなった。
だがなぜか、アーネストの心の中だけは冷たい雨が降っていた。
「さて、まだ進むのか?」
「ええ、もう少し進むと、休憩所がありますので、そこで一旦休もうかと思います」
「おお、便利な物があるものだな」
「ええ、2番坑道は結構奥まで続いてしまっているので、中間地点に休憩所が用意されたんですよ。
まぁ、狭いんで、大したものは置いてませんけど」
しばらく進むと、確かに休憩所らしき四阿が見えてくる。
とはいえ、木造の壁で四方を区切っただけの簡易なものだ。
洞窟内にあるために、屋根すら簡易に葺かれたもので、出来かけの建物かと錯覚する。
だがドワーフの手による建物は、精緻に組み上げられ、ドワーフ街に見られた小さな建物が、移築されてきたようにも見える。
「中は自由に使えます。
今日は坑道を休みにしているので、抗夫たちと出くわす心配もありません」
入ってみると、やはりドワーフの建築で、全ての造作が小さい。
とはいえ、机1つと椅子6つ。
奥の部屋では、雑魚寝が出来そうなスペースもある。
身体が縦に短く、横に太い傾向のあるドワーフの建物は通路部分は広く作られているので、あまり狭いという感じはしない。
「保存食や酒ならお出しできますが?」
「うむ。酒を持て!」
ライカが頷くと、セルケトがキレた。
「バカかテメェ!
仕事中は禁止だ、アタシと組んでるウチは、絶対守ってもらうぜ」
ライカがしょぼんとしてしまったので、アーネストは気の毒に思ったが、セルケトが注意をしてくれたのには感謝した。
「では保存食を頂こうか」
「アタシはパスだ。
ドワーフの保存食なんて、辛いに決まってるからな。
鼻が利かなくなる」
「わたくしは頂戴いたします。
辛い物は好物ですので」
「水、足りなくなっても知らねぇぞ?」
「ご心配には及びません。
辛味にはS級の耐性が御座いますので」
「僕は自分で用意したものがあります。
ライカ様の分もありますけど、どうします?」
ライカが2つの食欲に二者択一を迫られる。
「保存食も興味深いが、アーニーの手料理もハズレは無い……!
ちなみに、今日の献立はなんだ?」
「今日は久しぶりに菓子パンをご用意いたしました。
クリーム入りのメロンパンと、デザートとしてリンゴをご用意してますよ」
「!? メロンパン……だとッ!!
確かに朝に甘い匂いを嗅いだ気がする!!」
強力な挑戦者の登場に、ライカの悩みが深まる。
なお、メロンパンはライカの好物である。
しかもクリームが入っているなど、旨いに決まっている。
「スマヌ、イーダ殿!
やはり手弁当を食うことにする!」
「はい、分かりました。
そうしたら、保存食1つで良いですね」
奥の棚からイーダが保存食を取り出し、更に盛り付けてセルケトに出す。
一見して、恐ろしい量の赤辛子が使われており、それ以外の香辛料も使われていそうだ。
具は乾燥したチーズらしく、赤と白のバランスが綺麗で、如何にも辛そうだ。
「頂戴いたします」
イーダから木の匙を渡され、そこにもっさりと料理を乗せて、ヘティトが一口に口中へと放り込む。
なお彼女は上品なので、右手で口元を隠すのも忘れない。
「美味しゅうございます」
はたから見ると、ホントか?と疑いたくなる光景だが、ホントなのだから恐ろしい。
「メロンパン!
こ奴とは感動の再会だ。
でかしたアーニー!」
「良かったです。
今日は上手く焼けたので、きっと美味しいですよ」
期待に胸を高鳴らせ、バクリと大口で齧り付くライカ。
「!!!! ~~~~~!!! 旨い! 甘い!」
糖に語彙を奪われて、完全にバカな少女になってライカが叫ぶ。
その光景を見ていたアーネストが、視界の端でイーダがそれを、熱心に見ているのに気が付いた。
「イーダさん、僕の分、半分食べますか?」
ぴょこんと小さく跳んで、イーダが反応する。
「いいんですかッ!?」
「僕は朝、パンを作る時に余った生地を摘まんでいるから、あまりお腹が空いていないんだ。
良かったらあげるよ」
アーネストの言葉にイーダが小走りに近づいてくる。
「下さい! 是非!」
「カネ・メタリカ。切断」
アーネストが半分に分け、渡してやると、イーダが目を輝かせて受け取った。
「頂きます。
!? 凄いです!! 売り物みたい!」
イーダの反応に、アーネストが嬉しそうに笑う。
「冒険者引退後は、パン屋になっても良いかもね」
ライカがその言葉に、耳を疑う。
「ならぬぞ。
アーネストは我が家で魔術師として働いて貰うのだ。
逃げられると思わぬことだ」
「おい、ただの冗談だろ?
そんなに目くじら立てんなよ。
犬ッコロが可哀そうだ」
「む。
そうなのか?
アーニーは傷ついたのか?」
「いえいえ、ただの冗談ですし、別に傷ついてはいません」
「ライカはよー、奴隷ってもんの弱さを分かってねぇ。
主の発言は、思ったより重く受け取るもんさ。
言葉に気を付けないと、愛想尽かされるぜ」
セルケトの指摘に、ライカの食事の手が止まる。
クルリとアーネストを見て、目を見開いて問いかける。
「愛層を尽かされてしまうのか??」
「しませんよ。
ご心配には及びません。
セルケトさん、気持ちはありがたいですが、仕事中にライカ様を混乱させないでくれませんか?」
アーネストの言葉に、セルケトが呆れて溜息を吐く。
水袋から、ショウガ水を飲みながら、
「忠犬アニ公だな。
良かったな、ライカ」
「おお、良かった!
メロンパンが喉を通らなくなるところだった」
「お前、ほとんど食ってて、その欠片を食えないとか嘘だろ」
セルケトが笑って、話が終わる。
初秋のうそ寒い坑道内に、その笑いが響いた。




