3-9 爛尾竜 ~ランウェイロン~
ライカが拝跪し、口上を述べる。
「お目に掛かれて光栄です、ランウェイロン王。
ウェットフォードの小領主、ノール家の長女ライカと申します。
後ろに控えます従者は、魔法使いのアーネスト。
以後、お見知り置き下さい」
ライカの見事な宮中作法に、ロンが嬉しそうに笑う。
「うむ。
ライカか、美しい名だ。
よし。
そなたにも、セルケトやヘティトと同様、余の嫁になる権利を与える」
「? 要りませんが?」
「グヌッ、そなたも毒舌系女子であったか……
なんだか最近多くないかー?……どうなってるんだ最近の若者は――」
落ち込んでいる竜王に、セルケトが声を掛ける。
「そんなことより、本題に入って良いかい?」
「うむ。祝言の予定を決めるのだな」
「殺すぞジジイ。
爛尾水寄よこせってんだよ。
代価は持ってきた。光蜈蚣竜ブリュナークの肉の残りだ。
旨いかどうかは知らねーけどな」
セルケトの言葉に合わせて、ヘティトが手早くカバンから、密封された容器を取り出す。
セルケトはそれを受け取って、竜王に投げつけた。
「おぉ!! 手土産か!!
でかしたぞ!!
まずは賞味して、そののち、褒美を取らす!!」
「あいよ」
厳重に何重にも密閉された瓶に対して、ロンが涎をジュルリと垂らす。
するとそこからシュワシュワと煙が立ち、外装が溶け去った。
ビンを開けると耐えがたい悪臭が漂い出す。
「うむ。香りはよし!」
「カネ・ウェントゥス。風の壁」
セルケトが我慢しかねて、王の周りを風で囲んだ。
ビンの中身は腐れ果てて溶け崩れた光蜈蚣竜ブリュナークの肉汁だ。
「ペロッ……フッ。
ゴクッゴクッゴクッ!
……うむ。
なんと言うべきか。玄妙な味だ。
あれが近いかもしれぬな。
茸人間の熟成脳――
――いや、しかしあれらは谷の魔力でグデグデに蕩とろけて舌に雑味が残るが、
こちらは光の魔力のお陰か、飲み口の切れが良い。
あたかも水のようではないか……」
なぜかゲテモノの食レポを始める竜王様。
その間、手早くヘティトは、悪臭消しのお香を焚き始める。
予防的空焚という、高等テクニックである。
「美味であった!!
セルケトよ、褒美を取らす!!
何なりと望みを言うが良い」
「だ・か・らぁ爛尾水だっつってんだろ。
脳まで腐り果ててんのか口臭ジジイ」
「……優しい女の子に会いたい」
ロンは両手で顔を覆いながら、そっと涙を流した。
とはいえ約束なので、懐から1本の毒ポーションを取り出して、セルケトに差し出す。
「よし、目標達成だ。
どうするライカ?
ここでキャンプを張るか、爛尾楼ランウェイロウから抜け出すか」
セルケトに訊ねられ、ライカが考える。
「まだ動けている以上、危険なエリアからは抜け出しておくべきであろう。
小休憩を入れても良いが、それで疲れを実感して立ち上がれなっては危険だ」
「OK。
そしたら撤退だな。
じゃーなロン、また来るぜー」
笑顔で手を振るセルケトに、ロンは悲しくなった。
「余の毒汁だけが目当てであったか……
――いや、王たるもの、孤独に耐えることも必要だ」
滂沱の涙を堪つつ、王者の威厳を保つロン。
アーネストは、密かに応援した。
オオオオオオオオォ怨――――
「なんだ!? 魔物か!?」
ライカが警戒し、周囲を見回す。
「む? 食屍鬼グールどもが騒ぎ出したか。
光蜈蚣竜汁の匂いに誘われたな」
暢気な調子でロンが言う。
食屍人というのは中級のアンデッドモンスターだ。
高い身体能力と麻痺毒を持ち、集団で旅人や弱者を襲って喰らう。
言いたくは無いが屍人ゾンビの上位互換とも言える化け物モンスターだ。
そんな悪鬼が集合住宅のあちこちで目を覚ましてしまったようらしい。
オオオオオオオオォ怨――――
「ぼやぼやしてると囲まれるな。
サッサとずらかるぞ」
セルケトが言って、身を翻す。
他の3人も後に続いた。
すると――
「よかろう、安全圏までエスコートしてやろう。
治安維持こそ、王の務めであるからな」
笑顔でロンがついてきた。
「いらねー邪魔だ」
セルケトの無残なひと言にも、何らめげずに竜はついてくる。
「ロンさん。
ご迷惑でしょうから、お見送りは結構ですよ?」
アーネストがそう告げると、竜王は笑った。
「笑止。
食屍人どもは、我が臣民なのだから、旅人を襲わせるわけにはいかんのだろう?」
バサリ、と服の裾を翻し、ロン王が微笑む。
「王自らが案内するのだ。
大船に乗った気でおるが良い」
キャァァァァァァアァァ闇――――
続々と屍食鬼が、爛尾楼の各地で目覚めているようだった。
その最初の人波が、すでに視界に映っている。
「ッチ、包まれると物量で潰されるぞ!!
どうするんだ、ライカ!!」
「オーソドックスに正面突破といこう」
双剣フギンとムニンを抜いて、ライカが駆ける。
結んだ金髪ブロンドが一条の雷となった。
「オイ! 何がオーソドックスなンだよ!
――――ッチ、仕方ねぇ。遅れんなよ、ヘティト!! 犬ッコロ!!」
ライカが先行し、セルケトが補助をして、屍食鬼の群れを切り開く。
「ふむ。正面突破か。潔よし」
再びバサリと服を翻ひるがえし、どこからか出した瓢箪から毒酒を一口飲んで、ロンが駆けだした。
――それは、見事な手際であった。
素手だというのに次々と、屍食鬼どもを昏倒させていく。
「……おぉ、凄まじいな」
失われた古代の拳法を、ライカは目の当たりにしていた。
「はっはっは!
酔拳の奥義を、久々に披露してやろう!!」
竜王が飛ぶ。
拳と蹴りが乱れ飛び、屍食鬼たちを撃退していく!!
「酔えば酔うほど強くなる!
くっはっはっはっ、我が臣民を殴っているというのに、
こんなに愉快なのはどうしたものか?
これでは完全に暴君ではないか!!」
笑いながら酔いながら、呑みながら血路を開くロン竜王。
彼の活躍で、退路が開く。
「竜酔拳!! 竜酔脚!!!
これで仕舞だ!! 刮目せよ!! ――奥義、無礼王!!!」
「あそこから駆け抜けろ!! ドジはすんなよ!! フォローは出来ねぇぞ!!」
4人と王は一気に駆け抜け、爛尾楼ランウェイロウから脱出した。
正体が竜である美丈夫が、ザッ、と踵を返し、追っ手に向かって構えを取る。
「ここは余に任せて、先に行け!!」
「おー、じゃーなロン」
「ごきげんよう」
「……………………」
竜王は涙した。
「人って冷たい……」
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爛尾楼を眺める丘の上で、遅い野営の準備をしながら、ライカたちは雑談をしていた。
「爛尾竜殿には驚いたな。
人に化けるとは思わなかったぞ」
ライカがそう漏らすと、セルケトが噛みついた。
「は? 竜の魔法ってのは何でも叶う力だって知らねぇのか??
ロンは頭の沸いた老いぼれだが、人になるくらい当たり前だろ」
「ふむ。
確かに竜ほどの魔力は持っておらんが、人にもそれぞれ魔力がある。
魔力があれば、念じ続ければ願いは叶う、という事か」
発想を飛躍させ、呆然としながらライカが呟く。
そこにまた、セルケトが噛みついた。
「それは魔法じゃねぇ。願いや夢だ。それにいくら夢見たって、人には叶わないことだってあるだろ?」
「あ、でもそれ、最近の研究で面白いのがあって、まず望まないと道が見えないそうです。
スコトーマっていうんですけど」
アーネストが口を挟んだ。
珍しいことだが、疲労で自制が利きにくくなっているのかもしれない。
「あン? どー言う事だ犬ッコロ」
今度はアーネストに噛みつく。
彼女の全方位噛みつきの対象外になれるのは、妹のヘティトだけだろう。
「月影の塔で、人間の認知の研究やってる友達がいて。ウィクタの侯爵令嬢なんですが。」
アーネストが魔術学院時代の思い出を語る。
「諜報のウィクタが、人間の認知を研究してんのかよ……悪い想像しかしねぇ」
その内容に、別のところで注目するセルケト。
ウィクタ領はバンカイルに近い山がちな土地だ。
そのため、人に投資するしかない土地柄である。
初代ウィクタ候クインシー=リーは、商人出身という事もあって情報の大切さを知っていた。
ウィクタ候が代々魔法学院に投資して、諜報の魔術を開発させていることは、ある筋には有名な話だ。
「彼によると、例えばお金持ちになりたい、と思った場合、一生懸命働いてお金を貯めて、節約をして、では駄目だそうで」
「何故だ。真っ当な生活を否定するのか」
「まず先に、お前の望むお金持ちの生活をしてみろ、ってことらしいんですよ。
高級酒場に行ったり、アクセサリー買ったり」
「破産だ」
「もちろん破産します。でもそこで人間の認知はバランスしようとする。
1、やっぱりこんな生活続けてたら駄目だ。
2、この生活を続ける稼ぎはどこで得られる?
2番目を選んで成功した人がお金持ちになるんだそうですよ」
「へぇ」
セルケトが笑う。
「犬ッコロにしちゃあ、面白かったぜ。褒美に撫でてやる」
グワシグワシと撫でられて、アーネストは真っ赤になった。




