3-8 爛尾楼 ~ランウェイロウ~
セルケトのガイドのお陰で、ダンジョン行はスムースにいった。
普通なら踏破に複数日かかるとされる、ベノムボグの中央部に1日で辿り着く。
日没の時刻は間近だが、セルケトによれば、あと一歩だということなので探索を続けた。
「おぉ、凄い光景だな!!」
手前の丘から一望し、ライカが歓声を挙げる。
その光景は、確かに一見に値するものだった。
ひと言で例えるならば、巨人の乱杭歯。
沼地の緩い地盤の上に、天を衝くような石の建物が並んでいる。
大きすぎてサイズ感が狂ってしまうが、内部構造を想像すると高さ30階くらいはあるだろう。
その建物が50棟ほど、それぞれ斜めに傾いて、毒の沼地に静かに沈んでいるのだ。
なぜ倒れないのか不思議だが、不思議なものが許されるのがダンジョンだ。
そこは古代文明の高層建築群の遺跡だとされている。
建物は集合住宅であり、かつては地上に落ちた星のようと形容される活況を呈していたらしい。
ランウェイロウ遺跡。
ベノムボグの中に存在する、奇観の一つである。
「これほど立派な建築を残して、なぜここの人々は滅んでしまったのだろう……?」
「どう考えても、ここの毒が原因だろーが」
ライカの疑問に、セルケトが答える。
「む? 知っているのか、セルケト殿」
「知らん知らん。だが因果関係は明確だろ」
軽く吐き捨てるセルケトに対し、小首をかしげて考えるライカ。
「どちらが因で、どちらが果なのであろうな?」
「んあ? どういう意味だ??」
セルケトが歩を止めて、振り返りライカに訊ねる。
「そのままの意味だ。
毒が発生したのが先なのか、集落が滅びたのが先なのか」
「それこそ決まり切ってるだろ……ん? 確かに違うか」
首を捻ってセルケトが考え直す。
「毒が先なら、この集落は毒に沈み、生き残りはこの地を捨てたのであろう。
逆に集落の崩壊が先なら、毒との因果関係は無い可能性がある」
「どっちでもよくねーか?」
「集落が滅びるには明確な理由がある。
それを知れば、同じ過ちを繰り返さずに済むやも知れん」
真剣にそう語るライカを見て、セルケトの耳がピクリと揺れた。
「なぁ。アンタ、良いトコのお嬢さんか何かなのか?」
「姉さま、ご無礼でございます」
遍歴する冒険者の中には、複雑な事情を抱える者も多い。
そのため、身の上を聞くのは、原則タブーとされる。
辛い過去を思い出させるかもしれないし、辛い現実を突きつけるかも知れないからだ。
また、万一、犯罪者などだった場合、危険な目に遭わされないとも限らない。
よほど仲良くなったのなら別だが、他人の身の上話など、遍歴冒険者には藪蛇なのだ。
「それほどの身分でもない。ウェットフォードの領主の娘だ」
「ライカ様!?」
アッサリと身の上を明かしたライカに驚いて、大声を上げるアーネスト。
「心配無用だ、アーニー。
彼女らは悪ぶっているが、悪人というわけではない。
身の上を明かしても、なんら問題は無かろう」
「へっ、知り合ってふた月も経ってねぇだろ。
悪人ってのは、仮面を被るもんだぜ」
セルケトが悪態を吐くと、ライカがキョトンとして応じた。
「で、あれば私の見識が足りなかったという事だ。
冒険者を引退した後、領主として土地を治めねばならんかもしれんのに、一緒に戦った者すら信じられないなら、それは領主としては二流だと思う」
「そんな簡単な話かねー?」
「私も昔は、社交界などに出入りしていたからな。
そこで人を見る目を養い、統治の法を側聞したものだ」
「へぇ、社交界ねぇ」
「例えば、オスターを治めるオスター副伯は変わったご老人だが、統治だけはきちっとなさっていた」
この冒険の出発点、港町オスターは王領であり、代々、王太子に与えられることが決まっている。
これはオスターがエレニア征服王の侵略戦争の一里塚であり、服従した臣民が再び抵抗することを警戒したためだ。
王太子という、王家にとって大事な人物を統治に就けることで、オスターが重要なのだというメッセージと、人質ですよという隠れたメッセージを送ったのだ。
そのため、辣腕な政治家に補佐をさせる必要があったのだが、その眼鏡にかなったのが、オスター副伯家、ヴァレリウス家だ。
オスター陥落が、1640年。
それから79年の長きにわたり、王家を補佐し、人心を安らげ、オスターを大港湾都市にしてのけた実力を鑑みれば、申し分ない政治力と実行力を持っていると言えるだろう。
「私も伊達に帝王学を修めてはおらぬ。
人を見る目には、自信があるのだ」
ふんす、と息を荒くして、自信満々にライカは語る。
「そうかい。そうであることを願うよ」
「うむ」
「アタシらはまだ内緒にしとくぜ。
――――もしかしたら、そのうち語りたくなるかもな」
セルケトが遠い目をしながら、そう言った。
それから、その感慨を振り切るように軽く背伸びをして、
「さーて、再開だ。
陽が落ちる前には、中央広場に入るぜー」
そう宣言し、冒険を再開する。
夕闇落ちるランウェイロウ遺跡の内部にも、ベノムボグの環境は影響しており、毒沼、毒ヅタ、毒ゴケ、毒キノコ、毒虫、毒トカゲ、毒蠍、毒イソギンチャクなどが、高層住宅に張り付いていたり、這いまわっていたりする。
しかし一方、都市景観も随所に生き残っており、例えば塔の1階部分は、商業利用されていたのか全て開け放たれ、その奥に厨房のような設備や、商店のような構造が見てとれる。
「……静かだな」
「油断すんなよ」
大型の魔物はまだ見えないものの、高層住宅が50棟近く並んでいれば、どこに何が潜んでいても不思議ではない。
不気味な廃墟の中、毒沼を避けながら、奇襲を警戒しつつ、ライカたちは進んだ。
「さぁて、ライカ。
こっからが今回のハイライト。
多分面倒な奴に絡まれるが、うまく対処してくれ」
「どういう意味だ?」
セルケトの意味深な言葉に、ライカが疑問符をぶつける。
「会えばわかる。
危険は無いが、ちょっと面倒な奴なんだ」
それからしばらく歩くと、建造物群の中心に出る。
そこは円形の広場であった。
周囲の塔が小さく見えるほど、中央広場は広大で、寂寞としている。
その中央に、こんもりとした山が鎮座していた。
「なんだ??」
陽はとうに暮れ、山の全容は伺い知れない。
大きさで言うと、先日戦った光蜈蚣竜よりも、一回り大きいくらいだろうか。
「明かりを着けますか?」
「おー、頼むわー」
アーネストの質問に答えながら、セルケトが山に近づいていく。
「おーい、ロン!! 来てやったぜ!!」
「カネ・ルクス。持続光」
セルケトの呼び声が響く中、アーネストの灯した光が広がっていく。
「――――!? 腐敗竜!!?」
ライカが気づいた通り、目の前の山は腐り果てた竜であった。
しかし、死体では有り得ない。
開かれた緑の瞳には、知性の光が認められたからだ。
素早く警戒態勢をとり、アーネストの前で剣を構える。
「セルケト殿! 危険ではないのか!?」
「言ったろー。危険は無いが面倒な奴だって」
セルケトの返事に、山が動いた。
腐敗した巨体からは想像できないような、吟遊詩人のごとき美声である。
「面倒とは不遜ではないか、我が愛しの君よ」
「不遜じゃねーし、愛しの君でもねーよ」
「クックックックッ。
相変わらず、王を相手に気ままに振舞うのぅ」
竜が笑う。
続いて、腐った体を揺らし、その身を起こした。
その大きさは、やはり先ほどの見立ての通り、光蜈蚣竜より一回り大きい。
「おいロン! 前も言ったろ!
この態勢だと首が痛くなんだよ!」
「王が睥睨しておるというのに無粋な……」
「腐った竜が立ち上がったからって、粋でもなんてもねーだろ。
ほら。鼻水垂れてるぞ」
セルケトに言いたい放題にされている腐敗竜。
アーネストは少し同情した。
「ふむ。では本格的に話を聞くか」
竜が呟くと、竜の身体が泡立ち始めた。
どろりと溶けて、崩れ始める。
「!?」
「セルケトさん、本当に大丈夫なんですか!?」
「心配いらねー。腐敗竜の魔法だ」
一瞬で巨竜は、白骨死体へと姿を変えた。
が、
「――――王の御前ぞ。頭が高い」
竜の頭蓋骨の鼻先に、一人の美麗な青年が現れていた。
彼は古代の官服に似た服を、ゆったりとした着こなしている。
「だから降りて来いって言ってんだろ、バカなのか??」
「…………」
セルケトにせっつかれ、男がモタモタしょぼんと地面に降りてくる。
「―――おお!! 新顔も2人いるようだな!!
余の名は竜王、爛尾竜。
気軽にロン様と呼ぶが良い」




