3-7 暗殺蜂
「ぜってぇ刺されんなよ!! 呼吸が出来なくなってスグ死ぬぜ!!」
セルケトの忠告が響く中、ビビビ、ビビビと羽音が蔓延る。
16体の暗殺蜂の群れが、縦横無尽に踊りまわる。
以前ヤーデレーゲの山で戦った蠍蜂と比べても、遥かに毒性が高い魔物である。
ひと刺しされたら、特効薬でもない限り、呼吸がマヒして間もなく死亡に至る。
その上、暗殺蜂は動きも素早く、空を制し、頭も良いので乱戦を強要されるのだ。
「アーニー! 何とかできないか!?」
ライカが中陣のヘティトを守りながら、後方に叫ぶ。
ヘティトはお香を持っているので、魔術は使えるが、片手が塞がっている。
アーネストは迷った。
昆虫は原則、金属性の生き物だ。
金属性の弱点は、炎属性に当たるのだが、それはアーネストが苦手で、ヘティトが得意な属性だった。
「ヘティトさん! お守りしますので、その防御下で攻撃をおねがいできますか!!」
「え、嫌です」
「おおい、ヘティト!! 今は遊んでいい状況じゃねぇぞ!!」
速射で蜂を撃ち落としながら、姉のヘティトが妹を諫める。
「チッ。では、宜しくお願い致します」
「カネ・モンス。強化硬化」
普通は散らす防御魔術を、ヘティトに重ねて魔力を掛ける。
「カネ・ウェントス・エト・イグニス。誘導火球」
防御力を得たヘティトが唱える。
風の魔力で誘導された、炎の弾が複数跳んだ。
ドンドンドドンと爆発が起こる。
撃ち落とされたのは、7匹。
とはいえ、蜂も警戒を強める。
「キャハッハッハッハ、最高だぜへティ!!!
半殺しにしたなぁ!!!」
「……迂闊だな」
ヘティトを守っていたライカも、余裕が出たのか、浮足立った1匹を切り捨てた。
残りは5匹。
しばし逡巡したのちに、蜂たちは撤退していった。
「ふぅ、なかなか楽しかったな」
楽しそうに胸を弾ませるセルケトに、ライカが尋ねる。
「セルケト殿は危険が好きなのか?」
「スリルが好きなんだよ。おぃ、ヘティト、そろそろ休憩にしようぜ!」
そのセリフを切っ掛けにして4人がいったん集まった。
「そこの岩の上が良いだろ。トカゲかなんかに食われたのか、毒苔が生えてねぇ」
セルケトの提案で、岩上に移動する。
「貴様様、結界をお願いいたします。
わたくしは軽食の用意を」
ヘティトの言葉にライカが疑問を覚える。
「ん? 貴殿らは昼食を抜くのではなかったのか?」
「いつもはそうですが、ここは毒素が溜まりやすいので」
テキパキと食事の準備をしながら、ヘティトが返答する。
アーネストはライカを伺って、了承を得てからその場を離れた。
「おい、ちょろちょろすんな!」
「結界を張るだけなんで。東西南北に小さな石を置くだけです」
「それで死なれたら笑えねーだろ!」
口は悪いが、付いてきてくれるらしい。
アーネストは感謝しながら、適当な小石を探した。
出来れば、すべすべで丸い石が良い。
「ん、これは使えるかな……」
そうした小石を3段詰んで魔術を唱える。
「カネ・モンス。結界」
「なんだそれ、ガキの遊びか?」
セルケトが覗き込んできたので、アーネストは答えた。
「村外れとかに結界石がありませんでした? これは、その簡易版です」
「おー、あったな、謎の大岩」
「これで周囲を囲めば、魔物が嫌って入って来にくくなります。
ただ、普通は面倒なんで、便宜的に東西南北とか、行き止まりの出入り口とか、状況に応じて使いますけど」
「へぇ、便利だな。じゃあ、もう3回ってことだよな?」
「はい、右回りに行こうかと」
太陽や星と同じように、魔力の循環にも一定のルールがある。
とはいえ、魔力は混沌の力。
ルール破りが横行するので、常に注意が必要だ。
セルケトが警戒してくれたおかげで、順調に3ヵ所の設置を終える。
「ありがとうございました。セルケトさん」
セルケトの高圧的な態度にも慣れてきたアーネストが礼を言う。
セルケトは詰まらなそうに、こう吐き捨てた。
「斥候の役目は周辺警戒なんでね。
ドンクサ犬が散歩に行くなら、見ててやるのが仕事だろ?」
仕事を終えて中央に戻ると、ライカが悶絶していた。
「えええええええええええ、ライカ様ぁぁぁぁあ!!?」
「あー、ひと口にいったか……」
セルケトは事情が分かっているらしい。
アーネストが介抱すると、ライカは口から黄色い液体を垂れ流し、白目をむいて気絶している。
「ど、毒殺……?」
「わたくしの拵えた昼食に御座います。毒とは失礼なのではありませんか?」
ヘティトが静かに怒り狂う。
「あ、いや、他意は無いんです。状況が……っていうかライカ様、ライカ様ー!!
生きておられますかー?」
ゆさゆさ揺すると、ライカがガクガク震えながら目を覚ました。
「な… 何を言っているのか……わからねーと思うが……。
おれも…… 何をされたのか…… わからなかった……。
頭がどうにかなりそうだった… 催眠術だとか超スピードだとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ…」
――――ライカは こんらん している!――――
「え、このタマゴサンド、何が入ってるんですか??」
「ゆで卵とショウガとコショウ、ハチミツとカレー粉、その他の健康素材でございます」
その他の健康素材が怪しい。
アーネストの尻尾と耳がピンと立った。
「カネ・フォンス。浄化」
解毒の魔術をライカに掛ける。
とはいえこの術は、人に掛けるよりモノに掛けた方が効果的だから、効くかどうかは分からない。
アーネストは、ライカの胃の中のモノに届くようにイメージし、祈る。
「――――ハッ! おのれヤスヒコ!!」
魔術が効いたか、元気を取り戻すライカ。
ただ、正気を取り戻すには、もう一歩らしい。
「ライカ様、ヤスヒコはここにはいませんよ」
「む? アーニー。ここは……」
「腐れ沼です。暗殺蜂を退けて、休憩中です」
「そうか――――」
アーネストの説明を、ライカがゆっくり飲み込んでいく。
「いい夢を見た。
母様が生きていた頃の夢だ」
正気まであと一歩の様子の主を、心配するアーネストにセルケトが声を掛ける。
「おぃ犬ッコロ。食うなら食っちまえよ。
味はともかく、回復効果は保証するぜ」
ヘティトの作ったサンドイッチを指す。
なお本人は、茶だけで済ます模様だ。
ここであえて断るのは、角が立つ。
アーネストは覚悟を決めて、サンドイッチを手に取った。
セルケトの不穏なセリフから、少量がよかろうと判断して、端っこを齧り取る。
「…………」
――この味を、どう表現したものだろうか??
断じて、タマゴサンドの味ではない。
強いて言うならマナ・ポーションに近い酸味がベースにある。
ただそこに、各種ハーブが足されており、タマゴはそれらを繋いでいるだけだ。
不味くはない……だが、美味くもない……
臭くはない……だが、独特の臭みはある……
例えるなら、そう――――夜露に濡れた森の香りのような…………
アーネストが呆然としていると、両肩を掴まれガクガクと揺らされた。
「アーニー!! 無事か!? 起きるのだ!!」
「え?……ライカ様??」
「おお、アーニー、無事だったか! どこか調子の悪い所は無いか?」
慌てた様子のライカに疑念を抱き、アーネストは訊ねる。
「調子は……むしろ魔力とか色々回復してますが。
なにかご心配な点でも??」
「何を言っているのだ!
アーニーは気絶していたのだぞ!」
……気絶?
アーネストは絶句して、周囲を見回す。
「おい、もう行くぜー」
セルケトとヘティトが、既に身支度を済ませて、先を歩いている。
「アーニー、体に問題がなければ進もう」
体調に問題は無かったので、アーネストは妖精に化かされたような顔をして、歩き出した。




