3-5 勇者ヤスヒコ
4人は準備万端ととのえて、翌朝の西門広場に待ち合わせることを約束していた。
当然のごとく遅れているのはセル×ヘティ姉妹の方である。
「――ん~、ねむいぃぃぃ……」
ライカが目を擦り呟く。
とはいえ、完全に酒も抜け、もにゅもにゅと、朝ご飯も食べた。
眠気が去れば、ライカは万全だ。
そんな状況の中、アーネストが広場の中央に立つ、奇妙な立像に気付いた。
「……ライカ様、あれ、ヤスヒコじゃないですか??」
「んー?……ヤスヒコは、ここにはおらんぞ……?」
「違います、ライカ様、あの銅像です!」
「ん~? ど~ぞ~……?」
ライカが、くにゅりと首を傾げて、再び目を擦り、像を眺める。
朝靄がかかる視界の中で、徐々にライカの焦点が合う。
「!!――ヤスヒコではないかッ!?」
「ヤスヒコですよね!!」
話が通じて、アーネストは叫んだ。
「なんでこんなところに、ヤスヒコの銅像が……?
それに、この左のオークと、右の不気味な老婆の像は誰なんでしょう」
「おお、オークスとメルビーだ。
よく出来ているな」
ライカの返事に驚いて、アーネストが尋ねる。
「なんで御存知なんですか??」
「むっふ~。アーニーは知らぬであろう。
なにしろ、アーニーが魔術学院に行ってからの事だからな」
得意げに胸を張るライカの様子から、アーネストが察する。
「……ヤスヒコ、帰郷してたんですね。
両脇の彼らは、ヤスヒコの仲間ですか?」
「詳しくは知らぬ」
頼りない主人の返答に、アーネストは像に寄ってみる。
銅像は大理石の土台に乗っており、そこには像の表題と簡単な解説が刻まれた鉛板が貼られていた。
『 ~~ 勇者ああああ様の像 ~~
← オークの戦士オークス 魔法使いメルビー → 』
「ああああさま?」
ゲシュタルト崩壊に陥って、アーネストはライカに訊ねる。
「ライカ様、勇者ああああさま、とは?」
「寡聞にして聞かぬ」
ライカの返答によって、この謎は迷宮入りが確定した。
それでも少しだけ気になったのは、ヤスヒコがなぜ敵対種族を供にしているかだが、その辺はアーネストも世話になったところなので深入りしないことにする。
アーネストは切り替えて、細かい説明に目を移した。
『オスターの魔災に際し、命を賭した勇者の中でも、魔王を討った特筆たる手柄を記念し、ここに建立する』
アーネストは固まった。
「――え、ヤスヒコってオスターの魔災制圧に参加してたんですか!?」
星歴1714年。
今からおおよそ5年前に、オスターで起こった大規模魔法災害をオスターの魔災と呼び習わす。
少しだけ余談を追記すると、現在のオスター市とは別の、移転前の旧オスターが舞台の話だ。
噂によれば多くの騎士と冒険者、そして決め手に、聖女エレニア配下のクリファ騎士団の応援を得て、民間人を含む多くの犠牲者を出しながらも鎮圧されたとされている。
「んー? ああああ様を知らねぇのか??」
今まで、うっかり気付かなかったが、土台の裏手で眠っていた乞食が声を掛けてきた。
酒瓶を片手に持っているので、どっちかというとダメな方の乞食のおじさんである。
とはいえ、情報は取れそうだ。
小金は必要だろうが、良しとして、アーネストは訊ねた。
「宜しかったら、お聞かせください」
「おぉええぞ」
おじさんが右手を差し出して、にぎにぎと非言語コミュニケーションをしてきたので、アーネストは笑って、
「解像度次第ということで」
そう断ると、おじさんは素直に引き下がった。
「魔災の功労者って云やあ、クリファ騎士団が有名だけんどな。
ありゃあ星教会の宣伝のお陰で有名なだけだ。
魔災鎮圧の最大の功労者は、ああああ様とその御一行だよ」
「最大の功労者、ですか」
「あぁ、ああああ様御一行は魔災の原因を作ったオスターの魔王を討ちなさったんじゃ」
「おぉ! 魔王討伐!!」
ライカが覚醒した。
「ヤスヒコが魔王を討伐したというのは本当なのかっ!!?」
おっさんは怪訝な顔をし、説明を続けた。
「ヤスヒコっちゅうんは知らんが、ああああ様が魔王を倒したのは本当じゃ」
おっさんの言葉を信じるならば、ああああ=ヤスヒコらしい。
意味が分からないが、意味は通った。
「おぉ! ヤスヒコは――違った。ああああは、どう魔王を打ち倒したのだ!?」
ライカが意気込んで聞くが、
「知らん。だが嘘じゃねえぞ。
じゃなきゃ腐れ沼に向いてる西門に銅像なんか建てられるハズがね」
アーネストは納得したので、旧銀貨2枚を差し上げた。
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!!! オ マ ケ ヤ ス ヒ コ !!!
オスターの魔王を打倒した祝宴で、ヤスヒコらは特別の歓待を受けていた。
「がっはっは!! 貴殿のような者が魔王を打ち倒したとは、信じられんなぁ!!」
神星騎士団の副団長が、ヤスヒコを嗤って当てこする。
「して勇者殿?? 御名前を教えては下さいませんかな??」
「――名を?」
「ええ、偉大なる勇者の御名前を教えて頂きたい」
ヤスヒコは、ちょっと迷って言った。
「ああああ」
――――――
空気が止まった。
「は、はっはっは! 勇者ああああですか」
「俺の流儀では勇者は、ああああだ」
「随分と変わったお名前ですな」
「そうだけど、悩まずゲーム開始できるだろ??」
――――――
再び、空気が止まった。
これ以降、公式にはヤスヒコは、ああああと呼ばれることになった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
!!! オ マ ケ ヤ ス ヒ コ !!!
!!! 鮟 鱇 お る !!!
ある晴れた、穏やかな日。
昼寝をしていた豚人族のオークスが突然、奇声を発した。
「ああああ」
それを聞きつけヤスヒコが、びっくらこいて跳び上がる。
「え、オークス怒ってる!?
なんで、なんで!?
え、もしかしてお昼ごはんの野菜炒めに怒ってる!?
食が進んでないなー、とは思ってたけど。
でもやっぱりさ、野菜もバランスよく食べないと――」
「ああああ」
「きゃあああッ!」
ヤスヒコは恐怖に悲鳴を挙げた。
「ヤスひコ 気ニスルナ 少シ 試しタだけだ」
「試――え、なにを??」
ヤスヒコが尋ねると、オークスは言った。
「ヒューマンのコトバはムズかしい。
ヤスひコも、言いにくい。
ダガ ああああ ならバ 言いヤスい」
オークスの答えにホッとして、ヤスヒコは調子に乗った。
「おー、そしたらさ、オークスは俺の事、
これから、ああああ、って呼んだらいいよ!!」
楽しそうに話すヤスヒコに、魔法使いが忠告をする。
「名前というものをなめてるのかい?
そんな名前じゃ、極星神のお怒りに触れてバチが当たるよ」
「え、こわっ」
――それでも少し考えて、ヤスヒコは決断した。
「それでも、初めてできた友達の方が大切だ。
オークス、今日から俺はああああだ」
「ヨロシクな ああああ」
2人の豚が気味の悪い笑みを交わしていると、突然、ヤスヒコの腹に激痛が走った!!!
「ゲボァ!!?」
「ほぉれ、言うた通りじゃろう。
ま、安心せい、しばらく酷い下痢に悩まされるとか、その程度のバチじゃからな。
きぃ~~ひっひっひっひっひっひ!!」
魔法使いの不気味な哄笑が、遠く響いた。




