3-4 お食事会
テーブルいっぱいに、生牡蠣が並んでいた。
「お先に頂戴いたします」
ヘティトがすかさず貝を手に取り、フォークと右手でツルンっと呑み込む。
「……………………っ」
身をかがめ、顔を隠して震えあがるヘティト。
奇妙に思って、アーネストはセルケトに聞いた。
「……大丈夫ですか?」
「心配ねぇ。旨くて震えてるだけだ」
2人でコッソリお話をする。
なぜか絶対零度に陥っている、ヘティトのご機嫌を損ねてはならない。
――出会って間もない2人だったが、今、この時だけは暗に共同戦線を誓っていた。
すっくと身を起こし、氷の微笑でヘティトが告げる。
「姉さま、それと貴様。
お2人も、どうぞお召し上がりを」
(きさま……?)
アーネストは耳を疑った。
敬語なんだろうか? 蔑称なんだろうか?
「おお、食う食う。
おら貴様もだ、犬ッコロ」
「あ、いやいや!! あー、申し訳ありません。
僕には信仰がありますので、水の中の物はNGなんです」
信仰を盾にすれば、無難に断れる、という甘い見通しを持っていたアーネストは失策を打った。
アーネストの返事に、ヘティトの視線が氷の刃を帯びる。
「お待たせしました! こちらが~~――ッヒィッ!?」
料理を持ってきた小人族の女給が、ヘティトの視線に度肝を抜かれる。
「おい、鳥のステーキと野菜のスープだろ??
犬ッコロ。受け取ってやれよ!」
「は、はい!」
ヘティトの巻き起こす絶対零度の吹雪の中でも、流石にセルケトは身内、慣れたものだ。
アーネストは言われた通り、女給を援けて皿を持ってくる。
「ありがとうございます……」
お礼を言って、女給はピュ~っと逃げ去った。
10歳前後の美少女をイジメてしまったような場面に見えるが、心配御無用。
彼女はコビット族という亜人。
成人しても子供のような姿を保ち、50代くらいで急に更けて寿命を迎える亜人種族だ。
酒場で給仕をしているからには、彼らの成人年齢は超えているはずだ。
知らんけど。
「お召し上がりにならないのですか、貴様様?」
(きさまさま??)
アーネストは耳を疑いながらも、事実なので頷いた。
「オスターに来てカキを召し上がらないなんて、愚鈍ですよ」
愚鈍のひと言は少し重いが、言い過ぎとも言い難い事情が、この土地にはある。
エレニア王国の、西の玄関港オスターは、交易都市としても知られているが、一方、オストレア湖という巨大な汽水湖にも隣接し、漁獲量も豊富なのだ。
特に牡蠣は、天然物も養殖物も、質の良いものが豊富に供給され、オスターと言えば牡蠣、というミームは古代から知られた金言であった。
「召し上がらないのでしたら、サッサと仕事の話をして帰られては如何です?」
アーネストは骨の髄まで凍えたが、会話の流れは悪くない。
凍った心に火を灯し、なんとか猛吹雪からの脱出を試みる。
「――そ、それでセルケトさん。どういうお仕事なんですか?」
「オーケェ。さっさと始めるか」
ガリガリと頭を掻いてセルケトが言う。
「ブリュナークを仕留めた毒は覚えてるか??」
覚えていたので、アーネストは即座に答えた。
「短弓の矢に塗られていた毒ですね。
凄い威力で驚きました」
正直に感想を言う。
普通、毒の効果は被害者の身長×体重に反比例する。
持病があるなら話は別だが、毒とは言っても即死させる毒などは貴重で高価だ。
特にブリュナークは、巨木のごとき巨大な体を持っていた。
あの巨大なブリュナークを殺しきる毒――
仮に街中で撒き散らせば、大量殺戮政治犯コースが確定する。
恐らく違法か脱法であろう。
改めて戦慄しながら、アーネストがさらに尋ねる。
「あの毒矢がどうしました?」
「在庫が切れた。
補充をしたいが、ダンジョンに行かなきゃならねぇ。
それで、護衛を頼みてぇのさ」
護衛の依頼。
問題は報酬と拘束期間、それと危険度だ。
毒のダンジョンは大小、各地に、数あるが、どこに行くかでそれが分かる。
「どこに、ご同行をお望みです?」
「ベノムボグ」
試すようにセルケトが応える。
あまつさえ、悪い微笑を湛えた様は、妹と双璧を成す恐ろしさだ。
だがこちらは、お仕事の話なのでアーネストには耐性があった。
「――腐れ沼ですか。なるほど」
王国の西の大都市であるオスターから西に進むと、小規模な村や町が点在した後、突然、広大な沼地にぶち当たる。
腐れ沼――
無数の毒草や毒キノコが繁栄し、毒虫や毒蛇、果ては毒を持つモンスターが潜む魔境である。
訓練された冒険者ならばともかく、素人が入れば、出ては来れない。
「我々の規定では、腐れ沼はランクAのダンジョンに当たります。
報酬は1日新金貨1枚。これはコンビでの料金です。
ダンジョンに入る前後の旅路は1日新銀貨1枚と規定されていますが、第6項のサービス規定が適用できますので、そこは無料で大丈夫ですね」
「……お前ら、報酬にそんなメンドイルール作ってんの??」
アーネストの長広舌に、セルケトが唖然とする。
「んー、セルケトさんも、ライカ様と同じことを仰いますね」
不思議そうな犬ッコロに、セルケトは言ってやった。
「超ダセェ」
「うぐっ……」
お仕事の話だと思っていたら、雑談に迂回されて悪口に刺されるアーネスト。
「で、でもお金のことはキチンとしたほうが!!」
「超ダセェ」
「…………」
もはやアーネストのHPは1だった。
それを察して、セルケトがまとめる。
「つまり道中は無料で、ダンジョン内で過ごした日数×金貨1枚ってことな?
オーケェ、良いぜ。
そしたら出来るだけ早く、お前の飼い主に了解を貰ってこい」
お仕事の話が纏まった。
アーネストはスッと立ち上がり、一礼だけして場を逃げ去った。
「犬臭い」
「そーか? アイツからは、石鹸の臭いしかしなかったけどな」
双子の姉妹が、微笑みを交わす。
「……それよりも姉さま、カキが傷んでしまいます。御賞味を」
「おー。とはいえへティ? まだ秋前なのに大量のカキなんか生食してて大丈夫か?」
「平気です。私は薬を嗜みますし、昔からお腹は丈夫なのです」
21年間、共に過ごした人生を思い出し、納得するセルケト。
「確かになぁ。じゃあ、料理を片付けるとすっかね」
セルケトがカラトリーを持ち、焼き立てのパンに突き立てた。
――ザクッ!!




